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名誉毀損・逮捕歴についてのグーグル後の判決

横浜地裁平成29年9月1日

 

第1 請求
被告は,別紙検索結果目録記載の「検索サイト」において,同目録記載の「検索キーワード」に対応する検索結果から,同目録記載の各「収集元URL」に係るURL等情報(表題,URL及び抜粋)を削除せよ。
第2 事案の概要
本件は,原告が,別紙検索結果目録の「検索サイト」欄記載のURLのウェブサイト「Google」(以下「本件サイト」という。)においてインターネット上のウェブサイトの検索結果情報を提供する事業を営む被告に対し,本件サイトで同目録の「検索キーワード」欄記載の検索キーワードを入力してウェブサイトの検索を行うと原告が逮捕された事実等が書き込まれたウェブサイトのURL並びに当該ウェブサイトの表題及び抜粋(以下,これらの情報を併せて「本件検索結果」という。)が表示され,原告の人格権が侵害されるとして,人格権に基づき本件検索結果の削除を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 原告について
ア 原告は,横浜市内に歯科診療所を開設する医療法人社団の理事長であり,同診療所で歯科医業を行う歯科医師である。
イ 原告は,平成■■■歯科医師法違反の疑いで逮捕された(以下,この逮捕を「本件逮捕」という。)。本件逮捕の被疑事実は,原告が,横浜市西区内に開設された歯科診療所において,■■■同人と共謀の上,■■■までの間,同人が患者6名に対し問診,視診,触診及びエックス線照射をし,その結果を歯科診療録に記入するなどして(以下,これらを「本件診療行為」と総称する。),もって歯科医師でない者が歯科医業をしたというものである。(甲4の1,乙30)
ウ 原告が歯科医師法違反の容疑で逮捕されたことは,本件逮捕当日の日刊紙の夕刊及び翌日の朝刊等で報道された。(乙30)
エ 原告は,平成■■■本件逮捕の被疑事実とほぼ同一の公訴事実及び罪名によって起訴され,同日,罰金50万円に処する旨の略式命令を受けた。原告は,同日,上記罰金に相当する金額を納付した。(甲2の1,4の1,乙30)
(2) 被告について
被告は,本件サイトを管理運営する米国法人であり,本件サイトにおいてインターネット上のウェブページを検索するサービスを提供している。
この検索サービスは,いわゆるロボット型検索エンジンであり,インターネット上のウェブサイトに掲載されている無数の情報を網羅的に収集して,その複製を被告が管理するサーバーに保存し,この複製を基にした検索条件ごとの索引を作成するなどして情報を整理し,利用者が一定の検索条件を入力すると,被告が管理する一定のアルゴリズムに従って,上記索引の中から検索条件に関連する情報を機械的かつ自動的に抽出して,検索条件に適合するウェブサイトのURL並びに当該ウェブサイトの表題及び抜粋(以下,これらを「URL等情報」と総称する。)を検索結果として提供する仕組みになっている。
(3) 本件検索結果について
ア 本件サイトの利用者が本件サイトにある検索キーワードの入力ボックスに別紙検索結果目録の「検索キーワード」欄記載の語を入力してウェブサイトの検索を実行すると,上記検索サービスにより,検索結果のURL等情報が表示され,表題または抜粋として原告が歯科医師法違反の容疑により本件逮捕をされたことや原告の氏名,年齢,住所等に関する事実が表示される。別紙検索結果一覧は平成26年11月28日時点における検索結果の表示の一部であり,このうち本件逮捕等の事実を摘示したウェブサイトのURL等情報であって原告が削除を求める本件検索結果は,同別紙の番号①~⑮のとおりである(これらは別紙検索結果目録記載の各収集元URLの番号1~15に対応する。)。
イ 原告は,平成27年5月8日,被告に対し,本件検索結果を含む37件のURL等情報(いずれも本件逮捕等の事実を摘示したウェブサイトに係るもの)の仮の削除を命ずる仮処分命令を得た(東京地方裁判所平成26年(ヨ)第4035号。以下,この命令を「別件仮処分命令」という。)。被告は,別件仮処分命令に対応する措置として,本件検索結果を含む上記37件のURL等情報を仮に非表示としている。
2 争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は本件検索結果の削除請求の可否である。原告及び被告は,この点につき,プライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果から削除することを求めることができる場合について判示した最高裁平成29年1月31日決定民集71巻1号63頁(以下「平成29年最決」という。)の示した規範に基づいて判断することを求め,考慮すべき事情等につき次のとおり主張した。
(原告の主張)
原告は,本件サイトに本件検索結果が表示されたことにより,歯科医業においては受診患者数の減少や求人応募がないなどの経営上の被害を受け,私生活においては■■■という被害を受けており,被害の程度は大きい。また,本件診療行為には処罰の対象とすべきでない行為も含まれており,その余の行為の罪質は厳しい非難に値するものでなく,本件診療行為を理由とした歯科医師免許取消等の行政処分は一切されていない。しかも,本件逮捕から約11年が経過しており,その公訴時効に相当する期間は経過し,略式命令における刑の言渡しは効力を失っている。さらに,原告は,歯科医師というだけであり,社会的地位や影響力は大きくない。このような状況の下で,今なお実名入りで本件逮捕等の事実を表示する意義及び必要性が存するとはいえない。本件検索結果の表示が続けば,本件逮捕等の事実がインターネットを通じて世界中に拡散し,原告の被害は無用に拡大する。
これらの事情を総合衡量すれば,本件検索結果の表示を維持する意義及び必要性よりも本件逮捕等の事実を公表されない原告の法的利益が優越することは明らかであるから,原告は被告に対しプライバシー権に基づき本件検索結果の削除を求めることができる。
(被告の主張)
本件逮捕及びその前提となった本件診療行為は,国から特別に資格を与えられ公衆の健康を担う専門職の歯科医師が歯科医師法に違反して患者を危険にさらしたというものであり,専門職としての責務を怠ったという点で強い社会的非難を免れず,潜在的な患者である公衆の健康に直結する事実でもあるから,今もなお公共の利害に強く関わる事実である。そして,原告は,現役の歯科医師として歯科医療に携わっているのであるから,潜在的な患者を含む公衆が原告の歯科医師としての評価材料を獲得するための手段として本件検索結果の表示を維持する必要がある。また,本件検索結果は,原告の氏名及び「歯科」という検索キーワードによって検索した場合に表示されるものであるから,これによって本件逮捕等の事実が伝達される範囲は限定されている。一方,原告が主張する具体的被害の発生は証拠上明らかでなく,本件検索結果の表示と原告が主張する被害との間の因果関係も判然としない。
これらの事情によれば,本件検索結果の表示を維持する意義及び必要性に比して本件逮捕等の事実を公表されない法的利益が明らかに優越しているとはいえないから,被告は本件検索結果の削除義務を負わない。
第3 当裁判所の判断
1 個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は法的保護の対象となるものであるが,他方,検索事業者による検索結果の提供は,検索事業者自身による表現行為という側面を有するとともに,現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている。そうすると,検索事業者が,ある者に関する条件による検索の求めに応じ,その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは,当該事実の性質及び内容,当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度,その者の社会的地位や影響力,上記記事等の目的や意義,上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,上記記事等において当該事実を記載する必要性など,当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきものであり,その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,検索事業者に対し,当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。(以上につき,平成29年最決)
2 原告がそのプライバシーに属するものとして削除を求めるのは,原告が歯科医師法違反の容疑により本件逮捕をされたこと及び原告の氏名,年齢,住所等に関する事実である。そこで,平成29年最決の示した規範に基づいて原告の請求の当否について検討すると,前記前提事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実によれば,以下のとおり解することができる。
(1) 事実の性質及び内容について
原告が本件逮捕をされ,罰金刑を受けたのは,歯科医師である原告が歯科医師免許を受けていない■■■と共謀して,歯科医業となる本件診療行為をしたというものである(前提事実(1)イ)。無免許での診療行為は,懲役刑を含む罰則をもって禁止され(歯科医師法17条,29条1項1号),歯科医師免許の取消しまたは業務停止の事由とされている(同法4条4号,7条2項)。また,厚生労働省に設置された医道審議会は,「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について」において,歯科医師自らが歯科医師法に違反する行為は国民の健康な生活を確保する任務を怠った犯罪として重い処分とすることを公表している(乙32)。これに加え,原告が今なお歯科医師として歯科医業に従事していることを考慮すると,本件診療行為を理由としては歯科医師免許取消等の行政処分がされておらず,本件逮捕から既に約11年が経過しているといった原告が主張する諸事情を踏まえても,本件逮捕等の事実は,その性質及び内容に鑑み,原告の歯科医師としての資質に関する事実として一般市民の正当な関心の対象になるというべきである。
(2) 事実が伝達される範囲について
本件検索結果は,原告の氏名に「歯科」との語を検索条件に加えて検索した場合に表示されるものである。そうすると,本件検索結果の表示を通じて本件逮捕等の事実が伝達される範囲は,上記の検索条件を選択することが想定される者,すなわち,歯科医師としての原告や原告の歯科医業につき上記(l)の正当な関心を有する者に限られるとみることができ,そのような関心を有しない者にまで上記事実が伝達されることは想定し難い。
(3) 原告が被る具体的被害について
ア 原告は,本件検索結果の表示により,歯科医師という職業及び私生活の両面において具体的被害が生じていると主張する。
イ そこで判断するに,まず,職業上の被害についてみるに,平成■■■年までの原告の歯科医師としての所得は本件逮捕の前と比較して大幅に減少したことが認められるが(甲25の1及び8~11,30),上記期間には,原告が本件逮捕により身柄を拘束されたこと,本件逮捕が新聞報道されたこと(前提事実(1)ウ),本件診療行為が行われていた歯科診療所が閉鎖されたこと(甲25の1),原告が不正または不当な診療報酬の請求を理由に保険医としての登録を取り消す処分を受けたこと(甲4の2)など,原告の所得の減少をもたらす出来事が相次いで生じており,本件検索結果の表示を原因として上記の所得の大幅な減少が生じたとは認められない。原告は,その後も別件仮処分命令に基づき本件検索結果が仮に非表示とされるまで,新規患者を獲得できないという潜在的な被害を受けていたと主張し,それ自体否定することは困難と思われるものの,一方では,原告が理事長を務める医療法人社団の純資産額は平成27年5月に別件仮処分命令が発せられる前の段階で約■■■万円(平成25年6月)から約■■■万円(平成26年6月)に増加していること(甲32),原告は平成27年度及び平成28年度に■■■万円を超える金額の住民税を納付していること(甲25の13,30)が認められる(なお,原告は,平成21年度から平成26年度までの納税額を示す税務申告書類や,平成27年5月より前及びその後における歯科診療所の収入,患者数等の変化を示す帳簿類など,別件仮処分命令により本件検索結果が仮に削除される前とその後の収入及び所得を比較するために適切な資料を提出しない。)。
原告は,また,求人への応募がないことを主張するが,原告の求人の状況や他の歯科医業における応募の状況が明らかでない一方,大学の歯科医療倫理の講義で本件診療行為が題材とされるなど(甲25の1),原告については求人の障害となり得る固有の事情が存したことが認められる。そうすると,仮に原告の求人に対する応募がなかったとしても,その原因が本件検索結果の表示にあると認めることはできない。
以上の事実関係によれば,本件サイトにおける本件検索結果の表示が原告の歯科医業に与える影響は,仮に存在するとしても,極めて限定的であると考えられる。
ウ 次に,私生活上の被害についてみるに,原告は■■■というのである(甲2の1,25の1及び2)。確かに,ここでは本件検索結果の表示が■■の障害となっているとみる余地があるものの,■■を検討する者にとって相手方に逮捕歴があるかは正当な関心事であるから,本件請求の当否を判断するに当たり,原告の主張する私生活上の支障を重視するのは相当でないと解される。
エ 以上によれば,本件検索結果の表示により原告が被る具体的被害の程度が重大なものであると認めることはできない。
(4) その他の事情について
原告は,歯科診療所の歯科医師であり,それ自体としては社会的地位や影響力が大きいといえないとしても,本件において検索結果の削除を求める本件逮捕等の事実との関係では,前記(1)のとおり,原告が歯科医師であることを軽視することはできない。また,本件検索結果の収集元URLに係るウェブサイト上の記事の内容は,本件検索結果における表題及び抜粋(別紙検索結果一覧参照)からみる限り,本件逮捕がされた事実を客観的に伝えるものであって,原告に対する個人攻撃や興味本位に基づく私生活上の事実の暴露を目的とするものとは認められない。さらに,本件の証拠上,本件逮捕の理由とされた本件診療行為の違法性に対する評価が当時と現在とで異なっているといった事情もうかがわれない。
(5) 小括
以上を総合すると,本件検索結果が表示されることによる原告の被害の内容及び程度を考慮しても,その表示を維持する意義及び必要性はなお少なからず存しているから,本件逮捕等の事実を公表されない原告の法的利益が優越することが明らかであるとは認められない。したがって,原告の被告に対する本件検索結果の削除請求は理由がない。
3 なお,原告は,本件請求の根拠となる人格権の内容として,プライバシー権のほか,更生を妨げられない利益,忘れられる権利及び名誉権にも言及するので,これらについて念のため検討する。
更生を妨げられない利益及び忘れられる権利に関して原告が主張する内容は,要は,本件逮捕等の事実を第三者に知られることが更生の妨げになる,この事実が世間から忘れ去られてほしいというものであって,上記事実を他人に知られたくないというプライバシーの保護に包摂されると考えられるから,前記1及び2の判断と別に検討する必要はないと解される。また,名誉権については,以上に説示したところによれば,本件検索結果における本件逮捕等の事実の摘示は,公共の利害に関係し,専ら公益を図る目的によるものであって,その内容は真実であると認められ,原告の名誉権を違法に侵害するものとして本件検索結果の削除を求める根拠となるものではない。
したがって,原告の上記主張はいずれも採用することができない。
第4 結論
以上によれば,原告の請求は理由がないから,主文のとおり判決する。
横浜地方裁判所第9民事部

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