家族法Q&A

民事訴訟法

裁判の終局―裁判の終わり方

第9編 裁判によらない訴訟の完結

第1 制度の意義

視点

① 当事者の意思を尊重するべき(処分権主義)

② 当事者の一方の意思で終了させる場合は,相手方当事者の利害の調整

③ 紛争解決効率を高めるために手続的配慮を加える必要

 

第2 訴えの取下げ

1 意義

訴えの取下げとは,訴えによる審判要求を撤回する旨の裁判所に対する原告の意思表示をいう。その結果,訴訟係属は遡及的に消滅する(262条1項)

*訴えの取下げの背景事情[1]

2 要件

(1) 時期

終局判決が確定する時まで

(2) 被告の同意

① 被告が本案について準備書面を提出し,弁論準備手続において申述し,又は口頭弁論をした後であること

② 被告の同意があること

(3) 意思表示に瑕疵がないこと(争いあり)

ア 問題の所在と分析の視座

視点 『訴訟行為』という概念の理解が基礎

A説(訴訟行為の訴訟行為性を強調する見解)

⇒ 民法規定による規律は受けない

B説(訴訟行為と法律行為との同質性ないし連続性を認める見解)

⇒ 民法規定による規律を受ける

イ 否定説

原則的には,訴訟行為である取下げ行為には意思表示の規定の準用はない

∵ 取下げ行為の訴訟行為性,手続の安定という訴訟法的観点

例外的には,民訴法338条1項5号の法意に照らして無効主張ができる(最判昭和46年6月25日民集25巻4号640頁)

∵① 訴訟法的観点からみても救済すべき場合はあり得る

② 再審事由の訴訟内顧慮

 

ウ 肯定説

民法規定の準用・類推解釈を肯定すべき

∵① 意思に基づかない場合にまで,再訴禁止効を生じさせるのは不当

② 取下げの場合は,他の訴訟行為とは異なり,その後に手続が積みあがるわけではない

⇒ この見解は,取下げ行為の実体法との連続性を主張するとともに,訴訟行為性から一律に手続安定の要請を導くのではなく,当該訴訟行為を個別に検討することにより,取下げの場合には何ら問題はないとする

 

エ 取下げの有無・効力についての審理と本案審理

① 原告は,取下げの無効を主張して期日指定の申立てをする

② 裁判所は,口頭弁論を開いて取下げの有効性について検討

③取下げを有効と認めた場合 ③’取下げを無効と認める場合
訴訟は取下げによって終了した旨を宣言する判決をする 従来の本案請求の当否についての審理を続行し,本案についての判断のほか,取下げの有効性について,本案の終局判決の理由中で明らかにすべき

3 効果

(1) 訴訟係属の遡及的消滅(262条1項)

(2) 再訴禁止効(262条2項)

ア 要件

① 前訴が終局判決後その確定前に取り下げられたものであること

② 再び提起された訴えが前訴と当事者及び訴訟物が同一であること

③ 再び提起された訴えが訴えの利益又は必要性も同一であること

∵ 取下げ後に新たに再訴提起の必要性が生じた場合は禁止されないとすべき

イ 効果

訴えは不適法であるから却下すべき

ウ 制度趣旨

① 取下げ濫用制裁説

再訴禁止効の趣旨は,裁判所が本案判決まで作成したのに,これを失効させ徒労に帰せしめたことに対する制裁

② 再訴濫用制裁説

本案判決がなされたにもかかわらず判決を失効させておいて再訴を提起することにより,裁判所の負担を増させ,取下げに同意することにより判決とは別の紛争解決基準が妥当することを信頼した被告をゆえなく,再び紛争に巻き込むことを防止する点

⇒ 判例は,両者を意識した説示をしているが,基本的視座としては,取下げ自体を禁止対象とみるのは相当ではなく,無益な再訴を禁止する現行法の立法態度(②)が正しいというべき

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 請求の放棄・認諾

1 意義

請求の放棄とは,請求が理由のないことを認める旨の原告の裁判所に対する意思表示をいう。請求の認諾とは,請求について理由のあることを認める旨の被告の裁判所に対する意思表示をいう(267条)

2 放棄・認諾の要件

① 訴訟物である権利関係の処分可能性があること

② 訴訟物である権利関係の適法であること

③ 訴訟要件を具備していること

* 訴訟要件についての考え方

(1) 原則的処理

訴訟要件は,『本案判決』をするための要件であるから,判決以外による終了原因には適用されない。

(2) 例外的処理

認諾放棄には,確定判決と同一の効力が認められるので類推すべき

争いなし 争いあり
訴訟事件としての成立に関わる要件

①当事者の実在

②当事者能力

③訴訟能力

④権利保護の資格

訴えの利益など本案判決による紛争解決の有効性・実効性に関わる訴訟要件

[2]

 

3 放棄・認諾の効果(267条)

請求の放棄 ⇒ 請求棄却の確定判決と同一の効力

請求の認諾 ⇒ 請求認容の確定判決と同一の効力

(1) 訴訟終了効

訴訟については,放棄・認諾があった限度で当然に終了

⇒ 放棄・認諾がなされると,裁判所はその要件を調査し,要件を具備していなければ,手続を進め,具備していれば書記官において調書を作成する(160条,規則67条1項1号,88条4項)[3]

(2) 執行力,形成力

認諾調書が,Ⅰ給付請求に関するときは執行力(民事執行法22条7号)が,Ⅱ形成請求に関するときは形成力が生じる

 

(3) 既判力

問題意識 放棄・認諾の意思表示に瑕疵がある場合は,民法の意思表示規定の類推適用が可能であるかという議論がある[4]

● 放棄・認諾の無効・取消しの主張について,再審事由(民訴法338条1項)を類推して,再審事由がある場合には既判力を排除できると解すべき

∵ 放棄・認諾により相手方当事者の有利に訴訟が確定的に終了したにもかかわらず,意思表示の規定の類推適用を認めてしまうと,いつまでもそれを覆ることが可能となり,かえって不安定な立場になるのは不当という利益衡量上の視点

● 意思表示規定の類推を認めるべき[5]

∵① 放棄・認諾は,当事者の自主的紛争解決方式であって,当事者の意思を訴訟法上も尊重することがその制度の核心

② 無効・取消しの主張を再審事由に限定する合理性はない

③ 放棄・認諾は,訴訟物である権利関係を実体法上処分したのと同じ結果を生じさせる

④ 成立過程において裁判所が瑕疵の主張を遮断することを正当化できるほどに関与するわけでもない

○ 判例は,放棄・認諾調書に既判力を認めながらも,放棄・認諾の無効・取消しを主張して,手続の続行を求めることができるとする

 

 

 

 

第4 訴訟法上の和解

1 意義

訴訟上の和解とは,訴訟係属中,当事者双方が互いに譲歩して訴訟を終了させる旨の期日における訴訟上の合意をいう

*訴訟上の和解を利用するインセンティブ(社会的機能)

① 互譲によって解決が図られ,事後のしこりを残さず円満な関係維持になる

② 和解によれば実体法の枠にとらわれず社会的に妥当な柔軟な解決ができる③ 判決よりも履行確保が期待できる

④ 時間の短縮・訴訟経済

 

2 訴訟上の和解の要件

① 両当事者間の「互譲」を要する[6]

② 訴訟物である権利関係の処分可能性があること

③ 訴訟物である権利関係の適法であること

④ 訴訟要件を具備していること

*請求の放棄・認諾と同様,確定判決と同一の効力を生じる以上,当事者の実在,専属管轄に反しないことだけは具備しなければならないが,訴訟要件一般の具備は要求されるかについては争いがある(上田427)

⑤ 当事者が訴訟能力を有し,代理人の場合には特別の授権又は委任を要する

 

3 訴訟上の和解の効果

⇒ 「確定判決と同一の効力」が付与される(267条)

(1) 訴訟終了効

訴訟はその範囲で終了

(2) 執行力

和解調書の条項記載に一定の給付義務を内容とする部分が含まれる場合には,執行力が認められる(民事執行法22条7号)

(3) 形成力

離婚合意が訴訟上の和解として調書に記載されると,婚姻関係の解消という法律関係の変動が生じる

(4) 既判力

*和解調書に既判力は認められるのか

ア 肯定説

∵① 267条の文言に忠実に解釈すべき

② 和解は判決の代用としてその争訟処理効力は判決と同等に扱うべき

⇒ 和解の無効・取消事由の主張は,再審事由に準ずる場合にのみ許される

 

イ 否定説

∵① 訴訟上の和解は当事者による自主的紛争解決方式であって,裁判所による公権的紛争解決方式である判決とは性質が異なる

② 裁判所は形式的審査をするにすぎず関与の程度が薄い

③ 訴訟物以外の権利関係をも取り込むことが可能であるから,既判力を認めるとその客観的範囲が不明確になり妥当でない

⇒ 和解の無効・取消事由の主張は,再審事由に限定されることなく,無効・取消しの主張をして和解の効力を争うことが可能

ウ 制限的既判力説

∴ 既判力を認めつつ,これに実体法上の無効・取消原因が存在するときは,和解が無効となり拘束力を維持することはできないと解すべき

∵① 和解の紛争解決機能を重視する観点から,和解調書の記載として具体的な権利の存否が明確にされていたとしても,当事者は何らの制約なしにその記載内容を争えるのはおかしいので既判力を認めるべき

② 和解は当事者間の合意を基礎とする

エ 判例の態度

Ⅰ 訴訟上の和解の実体は当事者の意思表示であるから,これに存する瑕疵のために和解が当然無効になる場合がある

Ⅱ 要素の錯誤により訴訟上の和解が無効になることを認めている

オ 問題分析の視座

既判力の肯否といっても,判決効の既判力論をそのまま持ち込むのではなく,あくまで和解成立による紛争解決機能と当事者の救済とをどのような限度で調整するかという問題と解すべき[7]

(5) 和解合意についての瑕疵の主張方法

ア 既判力論と救済方法との関係

⇒ 既判力の肯否の問題と救済方法の問題とは関連する[8]が,論理的に直結する問題ではなく,政策的観点を踏まえた議論

 

イ 期日指定申立説

○ 和解が成立した裁判所に期日指定の申立てをして,前訴を続行すべき

∵① 和解が無効ならば訴訟終了効は生じず訴訟係属が続いている

② 当該和解に関与した裁判所が和解の有効性について審理するのが簡便

③ 旧訴の訴訟状態・訴訟資料が維持利用できる点が合目的的

⇒ 和解の有効無効は訴訟係属の存否に関わる問題であるので,その問題は手続内で解決すべき

 

ウ 別訴提起説

○ 和解無効確認の訴えや請求異議の訴えを提起して和解の有効性について判断を求めるべき

∵① 上級審で和解をした場合は審級の利益を奪いかねない

② 和解成立後の不履行による解除とパラレルにもはや別個の紛争とすべき

⇒ 和解からの離脱・救済の問題は,もはや新たな紛争とみるべき

 

エ 判例の態度

⇒ 判例はいずれも認めている[9]

4 和解の解除

(1) 問題の所在[10]

和解が債務不履行により解除されたことに基づいて私法上の権利関係が変動する結果,それを包摂する訴訟法上の和解による訴訟終了効も消滅し,いったん終了した訴訟は終了するのか

 

(2) 学説

○ 訴訟係属の復活は否定するべき[11]

∵① 解除という和解成立後の原因に基づく権利変動であって新たな紛争

② 和解により発生した債務の不履行により解除があっても当然に和解の訴訟終了効に影響が及ぶのは飛躍がある

⇒ 新訴によるべき

(3) 判例(要件事実的構造⇒新訴を提起する場合)

XのKG YのE XのRE YのRRE
X・Y間の売買 和解成立 解除 何もない!!*二重起訴にあたるとの本案前の抗弁の主張は許されない(最判昭和43年2月15日民集22巻2号184頁)

 

 

第10編 終局判決

第1 申立事項と判決事項

1 趣旨と機能

裁判所は,当事者が申し立てていない事項について,判決をすることができない(246条)

∵① 訴訟上の請求を定立する権能は原告にある

⇒ 処分権主義(実体法上の権利の行使・処分の自由を有することとパラレルに理解)

② 訴えによって定立された訴訟上の請求が裁判所の審判範囲を画する機能

③ 被告に防御の範囲を示す機能

⇒ 自らの攻撃防御戦略の指針を得ることになる

 

2 申立事項の質的範囲と量的範囲

(1) 検討の指標

① 質的に同一であって量的範囲内にある場合

⇒ 一部認容として許容

② 質的範囲内であるか問題となる場合

⇒ 246条の趣旨に照らして,原告の合理的意思,被告の防御の利益の観点から慎重な検討が必要!!

(2) 量的な限界の問題

ア 違法な場合

XのYに対する消費貸借に基づく200万円の貸金返還請求訴訟においては,貸付金額250万円と認定し,250万円の支払いを命じること

イ 適法な場合

売買契約に基づく100万円の売買代金請求訴訟において,売買代金額を80万円と認定して,80万円の支払いを命じる判決をすること

⇒ 質的に同一∧量的に超えないから許される!!

 

(3) 質的限界の問題

ア 訴訟物の異同

(ア) 違法な場合

債務不履行を理由とする請求に対して,不法行為を認定して請求認容判決をすること

(イ) 適法な場合

無断転貸による賃貸借契約の解除を理由とする建物明渡訴訟において,賃料不払による賃貸借契約解除を認定して,請求認容判決をすること

∴ 246条に反しない

∵ 賃貸借終了に基づく目的物の返還請求権は,解除原因によって訴訟物が異なるわけではない。したがって,訴訟物は同一であるので,訴訟物が質的に異なるわけではない(ただし,賃料不払解除の事実を当事者の主張なくして認定した場合は別途弁論主義違反の問題あり)

イ 審判形式の指定

給付判決を求める訴えに対して確認判決をすること

ウ 引換給付判決

∴ 246条に反しない

∵① 即時全額の給付を求めた訴えに対して,反対給付との引換に全額の給付判決をすることは,質的範囲内におさまる

② 原告の合理的意思

③ 被告としても自ら主張した事項が判決で宣言されるので不意打ちにならない

エ 建物収去土地明渡請求訴訟において,建物買取請求権の行使があった場合

∴ 『土地明渡請求権』は,建物の引渡しを求める申立を包含する趣旨と解すべき

∵① たしかに,土地明渡請求権と建物引渡請求権とでは訴訟物が異なるが,原告の合理的な意思に合致するので質的な一部認容と考えられる

② 建物買取請求権が行使されたときは,これを棄却してしまうと何も解決しない判決になってしまう

 

3 債務不存在確認

視点 一部認容判決の限界を理解する

(1) 問題の所在

債務者から債権者に対して,先制攻撃的に債務の不存在確認の訴えが提起されることがある。この場合の訴訟物をどのように理解し,どのような場合に246条との関係で問題が生じるのか

ア 特色

① 給付の訴えとは反対形相といわれる

⇒ 原告Xは,権利の発生を主張すべき実体法上の地位を有していないので,権利の発生原因は被告Yが抗弁として主張立証しなければならない

② 被告である債権者の権利行使時期の選択権が奪われる

⇒ 先制攻撃的機能!!

③ 給付訴訟と訴訟物たる権利は同一であり,給付判決を求めているのか確認判決を求めているのかという審判要求の形式が異なるにすぎない

(2) 全部不存在確認請求訴訟の場合

ア 訴訟物=被告の原告に対する年月日消費貸借に基づく貸金返還請求権

イ 原告が100万円全額弁済したとの再抗弁の審理で弁済が70万円と判明

⇒ 判決において,「債務は30万円を超えては存在しない」とするのは,一部認容でOK!!

∵① 質的には異ならず量的一部認容とみられる

② 70万円の不存在が判決によって確定されていると理解している

 

(3) 債務の上限を明示した一部不存在確認請求の場合

典型例 債権者Yが主張する100万円の債権のうち,20万円の債務の存在は認めるが,20万円を超える部分は存在しない

ア 訴訟物=80万円の部分のみ

イ 審理の結果,現存債務額が10万円にすぎないと判明した場合

⇒ 「10万円を超えては存在しない」とすると246条に反するので,請求認容にとどまる

(4) 債務の上限を明示しない一部不存在確認請求の場合

ア 訴訟物の特定性

債務の上限額が請求の趣旨欄に記載されていなくても,請求の原因欄を斟酌して特定されれば足りる

∵ 消極的確認の訴えは,給付の訴えの反対形相であり,給付の訴えの場合,請求の趣旨の記載だけでは訴訟物を特定することは困難であるが,その際,訴訟物を特定するのに必要な限度で請求の原因の記載をも総合するのとパラレルに理解すればよい

イ それ以外は(3)と同じ考え

(5) 債務者の自認額についての既判力の肯否

● 既判力は訴訟物に対する判断に生じる通有性

⇒ 消極的確認訴訟の訴訟物は債務残額の存否ないしその限度

∴ 自認部分には既判力なし

× 裁判所の審理は,債務総額が確定されている,すなわち,自認額の存在が確認されている(債務総額について攻撃防御が尽くされている)

⇒ 信義則により矛盾主張を排斥すべき

 

第2 裁判の意義と種類

1 裁判の意義

裁判とは,裁判機関がその判断又は意思を法定の形式で表示する訴訟行為をいう

2 裁判の種類

 

第3 判決の種類

1 中間判決(245条)

中間判決とは,審理の整理と終局判決を準備する目的で,裁判所が訴訟の進行過程において当事者間で争点となった訴訟法上又は実体法上の事項について,終局判決に先立って解決しておくための判決をいう

⇒ 中間判決がなされても当該審級における審理は完結しない!!

*中間判決をするか否かは裁判所の手続裁量に委ねられている

2 終局判決

(1) 全部判決と一部判決

全部判決とは,終局判決のうち同一訴訟手続で審理している事件の全部を同時に完結させる終局判決をいう

一部判決とは,同一訴訟手続で審理している事件の一部を他の事件と切り離して完結する終局判決をいう

(2) 裁判の脱漏と追加判決

裁判の脱漏とは,裁判所が無意識的に一部判決をしてしまった場合をいう。追加判決とは,裁判の脱漏があるとき裁判所は訴訟係属したままの請求について職権又は申立てにより追加判決をしなければならないことをいう

 

(3) 本案判決と訴訟判決

ア 本案判決

本案判決とは,裁判所が訴えによって提示された訴訟上の請求について審理を尽くし,そこに内包された実体法上の権利又は法律関係の存否が判断できる状態に到達した結果,これを正当として認容し,あるいは理由なしとして棄却する判決をいう

イ 訴訟判決

訴訟判決とは,原告が提起した訴えが本案判決をするための要件を欠くと認められる場合には,本案審理を打ち切り,本案判決をしないで訴えを不適法として却下することをいう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4 訴訟要件

1 意義

(1) 定義

訴訟要件とは,請求の当否について本案判決をするために具備していなければならない要件をいう

(2) 制度趣旨

訴訟要件は,民事訴訟の大量,集団,効率,迅速という制度的要請に基づいて,民事訴訟による解決に適し,かつ,これを利用するに足りる利益ないし要件・適格を備えた訴えを選別するための道具概念をいう

(3) 視点

制度効率の要請を過度に強調し,裁判所の運営効率のみを視野に入れて,当事者の裁判を受ける権利を阻害し,矮小化することがあってはならない

(4) 訴訟要件欠缺の効果

訴え却下判決で審理を打ち切ることができる

2 種類

(1) 当事者

当事者とは,私法上の権利関係の存否をめぐって訴え又は訴えられることによって判決の名宛人となるべき者をいう(115条1項1号参照)

⇒ 当事者となるには,自己の名において判決を求めればよく,必ずしも権利者であることを要しないことになっている(当事者という概念は,純粋に形式的な概念)

(2) 当事者能力

ア 定義

当事者能力とは,当事者となりうる一般的資格をいう

イ 原則

実体法上の権利能力者には,当事者能力が認められる(28条前段)

ウ 例外―民訴29条の「社団」

社団とは,人の結合体でその構成員から独立した独自の財産を有し,構成員の変動によって団体としての同一性が失われないものをいう

∵① 法人格のない団体が現実に活動する実態を直視し,訴訟当事者として捕捉できるようにしておく必要性

② 訴訟手続が煩雑になるおそれを回避できる合理性

エ 訴訟法上の効果

却下

 

(3) 訴訟能力

ア 定義

訴訟能力とは,自ら単独で有効な訴訟行為をして,また,裁判所及び相手方の訴訟行為を受けることのできる能力をいう

イ 制度趣旨

訴訟当事者が訴訟行為をする際に,その行為の内容,趣旨を理解できるだけの知的能力を有しているかどうかを問題にして,当該当事者の利益が不当に損なわれないように配慮

ウ 各論

(ア) 未成年者及び成年被後見人

⇒ 原則としてまったく訴訟能力なし(31条)

(イ) 被保佐人

⇒ 保佐人の同意を得て自ら訴訟行為できる(32条1項反対解釈)

⇒ 相手方の提起した訴え又は上訴に対して応訴する場合の訴訟行為は,保佐人の同意はいらない(32条1項)

エ 訴訟能力の調査

(ア) 原則的処理

当然無効

(イ) 例外的処理

追認(34条2項)

⇒ 行為の時に遡って有効

∵ 訴訟経済,訴訟無能力者にとって不利益とも限らない

 

(4) 訴訟上の代理

ア 代理制度の必要性

イ 代理人の種類と効果

ウ 訴訟上の法定代理人

エ 訴訟上の任意代理人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3 訴訟要件の調査

(1) 調査の開始についての職権調査事項と抗弁事項

ア 原則的処理

職権で調査を解すべき

イ 例外的処理

抗弁事項は被告の申立てを待って調査を開始すれば足りる

 

(2) 職権調査事項の判断資料収集についての職権探知と弁論主義

① 訴訟要件の欠缺を看過すると判決に重大な欠陥をもたらし,しかも,その審理が本案審理と切り離してできるもの

⇒ 職権探知事項とすべき

Ex.Ⅰ当事者の実在,Ⅱ裁判権の有無,Ⅲ専属管轄,Ⅳ訴訟能力

② 訴えの利益や当事者適格は,訴訟物たる権利又は法律関係との関連性が強く,弁論主義が採用されている本案審理の内容と密接な関係にある

⇒ 判断資料の収集の責任は当事者にあるとすべき

 

4 本案判決との関係

論点 訴訟要件の調査未了のうちに本案たる請求について理由のないことが先立って判明する場合,訴訟要件の審理を完了しないまま,直ちに請求棄却判決ができるかが問題

典型例

① 当事者適格が争点となっているが請求自体に理由のないことが明らか

② そもそも請求が主張自体失当の場合

● 訴訟要件の具備を先に調査すべき

∵ 訴訟要件を具備することがあくまで本案判決の前提要件

⇒ 画一的に処理することで手続の明確性に資する!!

○ 一定の場合には,直ちに本案判決をすることができる

⇒ この見解は,Ⅰ訴訟要件の欠缺が確定判決の内容上の効力を発生させないもの,再審事由に該当するもの,裁判の種類を決定するものとⅡ被告自身の利益保護や無益な訴訟を排除することを目的とする訴訟要件に分ける。そして,Ⅰは棄却判決できないが,Ⅱはできるという結論

∵Ⅰ 棄却判決をしても,訴訟要件が欠けていることを再審などの主張でされるから

Ⅱ① 訴訟要件についての審理を続行しても,棄却するのであれば,裁判所や被告の努力は無駄

② 原告は訴訟要件の欠缺を補充して別訴を提起するおそれがあるので,被告の応訴負担や訴訟不経済

 

 

 

第5 判決の成立

1 原則―判決書原本に基づく言渡し

2 例外―判決書原本に基づかない言渡し

3 判決の送達

4 自己拘束力と判決の変更・更生

5 羈束力

第6 終局判決に付随する裁判

1 訴訟費用の裁判

2 仮執行宣言

第7 判決の確定と判決効

1 判決の確定

2 訴えの類型と判決効

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第8 既判力の意義

1 意義

(1) 既判力の意義

既判力とは,裁判が形式的に確定するとその内容である一定の標準時における権利又は法律関係の存否についての裁判所の判断がそれ以後,当事者間において同じ事項を判断する基準として強制通用力を持つ効果をいう

⇒ 既判力とは,確定判決の内容となっている法律的判断の規準力ないし規準性ともいえる[12]

(2) 既判力制度の必要性と許容性

ア 必要性

同一事件,同一紛争の蒸し返しを防ぎ,法的安定を確保するため

⇒ 制度的必要性の観点

イ 許容性

当事者に対する手続保障が確保されつつ形成された判断に生じる拘束力

⇒ 手続保障と自己責任の観点

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第10 既判力の作用

1 後訴に対する影響力

① 消極的作用[13]

消極的作用とは,既判力の生じた判断を争うことを許さず,それを争う当事者の申立てや主張・抗弁を排斥する作用をいう

② 積極的作用

積極的作用とは,裁判所は既判力で確定された判断に拘束され,これを前提として後訴の審判をしなければならないという作用をいう

2 既判力の作用における3類型

(1) 訴訟物の同一

ア 典型例

① XがYを被告として土地所有権確認の訴えを提起して敗訴判決を受けて確定した後,再びYを被告として同一土地の所有権確認の訴えを提起した

② XがYを被告として提起した金銭消費貸借契約に基づく貸金返還請求訴訟において,Yが敗訴判決を受けて確定した後,YがXを被告として当該債務の不存在確認の訴えを提起した

イ 後訴裁判所の手順

① 前訴と後訴の訴訟物が同一であることを確認

⇒ 後訴原告の主張は既判力に抵触!!

② 後訴裁判所は,まず前訴基準時前の事由についての主張を排斥

③ 基準時後の事由に基づく新たな主張があるかを調べる

⇒ 新たな主張がない場合は既判力ある判断を前提に請求棄却の本案判決

(2) 先決関係

ア 典型例

XがYに対し建物所有権確認の訴えを提起し,勝訴判決を得て確定した後,さらにXが所有権に基づいて建物明渡請求の訴えを提起した場合

イ 後訴裁判所の手順

① 前訴の訴訟物たる権利(所有権)は,後訴の訴訟物たる権利(Xの所有権に基づく建物明渡請求権)の先決関係に立つことを確認

② 後訴裁判所は,前訴判決基準時においてXが建物所有権を有することを前提とする[14]

③ 前訴基準時後の新事由にかかる主張の有無と後訴請求に固有の事由の有無を確認

(3) 矛盾関係[15]

ア 典型例

XがYに対し土地所有権確認の訴えを提起し勝訴判決を得たところ,敗訴したYが同一土地について所有権確認の訴えを提起した

イ 後訴裁判所の判断

① 前提として,前訴と後訴の訴訟物が異なることを押さえる(前訴の訴訟物はXの土地所有権,後訴の訴訟物はYの土地所有権)

② 実体法上の一物一権主義を媒介として矛盾関係が成立するため,前訴判決の既判力が後訴に及ぶものと解される

③ 後訴裁判所は,前訴基準時前の事由に関する主張は前訴既判力に抵触するものとして排斥する

 

 

 

 

 

 

第11 既判力の範囲と限界1―時的限界と基準時(標準時)

1 基準時(標準時)

基準時とは,権利関係の確定の基準となる時点をいう

* 基準時を裏返すと,『時的限界』になる

⇒ 判決で確定された権利は基準時における判断であり,基準時前に存在したことや基準時後にも存在することを確定しない(既判力の時的限界[16]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2 遮断効(失権効)[17]

(1) 意義

既判力の作用によって基準時における権利関係は確定される

⇒ 当事者は基準時前に存在した事由についての主張を遮断され,以後,これらの事由を理由として確定された権利関係の存否を争うことができない!!

*なぜ遮断効が認められるのかの論理的イメージをおさえておきたい[18]

 

 

 

(2) 基準時後の形成権行使

ア 問題の所在

視点 形成権者の実体法上の地位と既判力の遮断効による法的安定の要請のいずれを優先させるか[19]

 

イ 取消権

(ア) 典型例

原告Xが被告Yに対して金銭給付判決を取得して確定したので,これを債務名義としてYの財産に対して強制執行を開始したところ,Yがその時点ではじめて当該給付請求権の発生原因となった契約を甲の詐欺を理由に取り消したと主張して,請求異議の訴えを提起することができるか

● 遮断を否定すべき

∵ 既判力によって遮断されると解すると,既判力の作用の反射的効果により,実体法上の地位を変更することになり不当

×① より大きな瑕疵である無効が遮断されることとのバランスがとれない

② 民法の理論構成に拘泥し訴訟上の防御方法としての観点を失念している

○ 遮断を肯定すべき

∵① 理論的な観点

前訴の訴訟物たる権利の発生障害事由なので,当該請求権自体に内在・付着する瑕疵の存在を主張する権利にすぎない[20]

② 実質的な観点

Ⅰ 既判力制度を検討するに際しては,法的安定性を可及的に高めるべき

Ⅱ 既判力の限界を画する基準は客観的に明確であることを要すると解すべきである。しかるところ,取消原因たる事実は基準時前に既に存在しており,前訴の訴訟物の発生障害事由だから外延も不明確にならない[21]

 

ウ 解除権

典型例 Xは,前訴判決確定後強制執行を開始したところ,前訴被告Yが当該給付請求権の発生根拠となった契約を解除したとして,請求異議の訴えを提起した場合

● 既判力を否定すべき

∵ 理論的な観点

規範 「当該権利に内在・付着する瑕疵」と評価することができるか

債務不履行解除の場合には,請求権の存在とは,異時別個に解除原因が形成されるのであるから,解除原因は内在する瑕疵とはいえない[22]

⇒ 前訴判決の既判力によって請求権から解除原因を洗い流す関係にはない

×① 瑕疵担保責任解除は,請求権と同時存在し,かつ,請求権に内在する瑕疵と評価することができる

② 通常の債務不履行解除の場合においても,密接関連性を認めて少なくともその請求権ないし法律関係に付着した瑕疵ということはできる

○ 既判力を肯定すべき

∵ 実質的な観点

Ⅰ 取消権事例と特に解決を異にすべき合理的な理由はない

Ⅱ 直接効果説を前提とすると,権利の発生障害事由となる

 

エ 相殺権

典型例 前訴において敗訴判決を受けたYが前訴基準時後に相殺の意思表示をして,これによる請求権(受働債権)の消滅の効果を主張することは許されるのか

○ 既判力は否定すべき

∵① 理論的な観点

相殺権は,前訴の訴訟物である請求権とは別個の反対債権を擬制にするものであるから,前訴判決で確定された請求権自体に内在・付着する瑕疵ではない

② 実質的な観点

Ⅰ 相殺権を行使するかは債権者の自由

Ⅱ 相殺の主張を排斥しても別訴で訴求可能なので排斥は無意味

Ⅲ 相殺には,簡易決済という実体法上の利益と当事者間紛争の一挙的解決という訴訟法的利益があるところ,これらに対する当事者の利益と権利行使時期の選択利益は保護に値するので,既判力によって奪い去るべきではない

 

オ 建物買取請求権

典型例 土地賃貸人Xが建物所有目的で甲土地を賃貸していた乙建物所有者Yに対して建物収去土地明渡しを求める訴えを提起し,これに対する請求認容判決が確定した後,Yが建物買取請求権を行使した

○ 既判力は否定すべき

∵① 理論的な観点

建物買取請求権は,前訴確定判決によって確定された賃貸人の建物収去土地明渡請求権の発生原因に内在する瑕疵に基づく権利とはいえない(別個の制度目的及び原因に基づいては発生する権利)

② 実質的な観点

高い財産的価値のある建物所有権が賃貸人に移転するとの犠牲を伴うものであることも考慮すると相殺権と同様に解すべき[23]

カ 白地補充権

典型例 白地未補充のまま手形金請求の訴えを提起した場合,口頭弁論終結時までに白地を補充せず請求が棄却された場合に,白地を補充してあらためて前訴被告に対して手形金請求をすることは許されるのか(今回は前訴被告からの請求異議ではなく,前訴原告の再訴という形で問題となる)

○ 既判力は肯定すべき

∵① 理論的な観点

白地未補充のままの手形金請求の訴訟物と補充後の完成手形による手形金請求の訴訟物は同一

② 実質的な観点

Ⅰ 原告は白地補充権の行使というわずかな手間を惜しんだ

Ⅱ 被告の応訴の負担

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第12 既判力の範囲と限界2―客観的範囲(物的限界)

1 原則

(1) 客観的範囲

既判力は,判決主文に包含するものに限り有する(114条1項)

⇒ 既判力は,訴訟物の範囲と一致する

∵ 『判決主文に包含する』とは,原告が裁判所に提示した訴訟上の請求の当否についての結論的判断をいう

⇒ 訴訟物の存否についての裁判所の判断[24]

(2) 制度趣旨

① 前提問題についてまで既判力が及ぶと訴訟活動を萎縮させる

② 理由中の判断に既判力が生じると訴訟追行上の自由や弾力性失われる

③ 裁判所も実体法的な論理順序にこだわらずに迅速に審理ができる

 

2 例外―相殺の抗弁の判断

(1) 相殺の抗弁

相殺の抗弁の成立の判断については,相殺をもって対抗した額について既判力を有する(114条2項)

(2) 制度趣旨

① Xの請求に対してYが相殺の抗弁を提出・認容され,Xが敗訴した場合に,もし既判力が生じないとすれば,Yは相殺に供した自働債権を別訴で訴求できてしまう

② 相殺の抗弁は,別個の経済的出捐を生じるし,法律上も新たに反訴請求を追加して提起するのに等しい実質がある

③ 前訴で相殺の抗弁についての十分な手続保障が与えられている

(3) 既判力が及ぶ範囲

視点 既判力は,訴求債権と対当額の部分に限られる(大判昭和10年8月24日民集14巻1582頁)

典型例 Xの100万円の請求(α債権)に対して,Yが150万円(β債権)の相殺の抗弁を提出

ア Yの相殺の抗弁が排斥され,請求認容の場合

114条1項⇒α債権の存在

114条2項⇒β債権のうち100万円部分の不存在

イ Yの相殺の抗弁が認容され,請求棄却の場合

114条1項⇒α債権の不存在

114条2項⇒β債権のうち100万円部分の不存在

 

 

3 判決理由中の判断に拘束力を認めるべきか―争点効と信義則

(1) 争点効理論

ア 定義

争点効とは,前訴で当事者が主要な争点として十分な主張立証を尽くし,かつ,裁判所がこれに対して実質的な判断をした場合であって,係争利益がほぼ同一である後訴に対して生じる通有力をいう

イ 効果

裁判所は,同一の争点を主要な先決問題とする後訴の審理において,これに反する当事者の主張を排斥し,矛盾する判断が禁止される

ウ 評価

公式判例集に登載されていない判例が,一般論として争点効を採用することを否定している

∵ 実定法上の根拠のないままに不明確な要件による制度的効力としての拘束力を判決理由中の判断に認めることはできない

(2) 争点効に対する再評価(藤田382)

ア 位置づけ

∴ 争点効理論の機能は,当事者の主張立証を遮断する点にあると解すべき

⇒ 信義則の具体的適用(訴訟上の禁反言,矛盾挙動の禁止,権利失効の法理)として,Ⅰ請求自体又はⅡ具体的主張自体を排斥する方向性が示される

∵① 既判力の客観的範囲についての法原則を堅持しつつも,個別的に例外的修正を加えるアプローチ

② 制度的な判決効として構成するのではなく,上記のような事情を斟酌することで,個別的に攻撃防御方法を排斥することで対応すべき

イ 後訴裁判所の判断枠組み

①前訴審理の具体的な経過をトレース⇒②後訴提起に至った経緯や背景事情,具体的な主張態様や証拠構造などを検討すべき

*争点効を認めると①のみで,信義則説の方が後訴裁判所の負担は重たい!!

ウ 信義則説の注意点[25]

判決の理由中の判断に拘束力を認める結果とならないので114条1項に反しない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4 責任なき債務と主文判断

⇒ 訴訟物を構成しないものでも,主文に掲げられることを契機として既判力に準じる効力が生じる場合

視点 判例は,債務の存在と強制執行の可否及びその範囲は,別個のものであって,強制執行の可否及びその範囲は訴訟物を構成しないことを基本線としている。もっとも,訴訟物の判断と性質上密接な関連を有するものは,当事者から主張が提出されたことを契機に審判対象に取り込まれうることを示している[26]

 

(1) 給付訴訟と不執行の合意

問題 給付訴訟において,被告から不執行の合意の存在が主張された場合,これが認められる場合は主文に掲げるべきか

● 「不執行の合意」は訴訟物ではないので,主文に掲げるべきではない

∵① 給付訴訟の訴訟物は,直接には給付請求権の存在及びその範囲

② 強制執行の可否は審判の対象とならない

③ 債務者は,強制執行の段階において不執行の合意を主張できる

○ 「不執行の合意」は,訴訟物に準じるものとして審判の対象となるので,主文に掲げるべき

∵ 執行段階における当事者間の紛争を未然に防止すべき

(2) 限定承認に基づく留保付き判決と既判力

問題 給付訴訟において請求を認容するに際し,被告から限定承認の主張がなされ,これが認められる場合

○ 裁判所は,主文で「相続財産の限度で支払え」との留保を明示すべき

∵ 将来の執行段階における当事者の紛争を防ぐ

問題 責任を限定するという留保は,被告から抗弁として主張されたことを契機として主文に掲げることになるが,そのような留保付判決が確定した後,債権者は限定承認と相容れない事実を主張して無留保判決を求めて後訴を提起できるか

● 既判力は及ばないと解すべき

∵ 「責任を限定する」という部分は直接には訴訟物を構成しない

○ 既判力に準ずる効力が及ぶと解すべき

∵① 限定承認の存在は訴訟物ではないが,訴訟物に準じて審理判断される

② 限定承認が認められるときは主文で明示される

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5 一部請求と判決確定後の残部請求

(1) 問題の所在

視点

原則 一部請求は認められる(処分権主義)

例外 被告の応訴負担や訴訟経済の要請から合理的範囲に限定すべき

*あくまで一部請求は認められるのが当然という出発点

(2) 判例を理解するための学説の整理

ア 訴訟物の範囲決定の観点からのアプローチ(演繹的)

● 残部請求全面肯定説

∵ 前訴の審判対象は一部のみ

⇒ 残部請求は既判力で遮断されず

● 残部請求全面否定説

∵① 紛争の一挙的解決という訴訟法的視点を重視し実体法上の視点を軽視すれば,原告による恣意的な紛争の分断は許されない

② 訴訟物は債権全額

⇒ 残部請求は既判力で遮断される

イ 既判力の遮断効に例外を認めるというアプローチ(帰納的)[27]

● 抽象的手続保障説

∴ 抽象的ではあっても,「提出することができた」といえる場合は,失権を正当化することができる

∵ 既判力の遮断効が正当化されるのは,手続上攻撃防御を尽くす地位と機会が与えられたことによる自己責任

● 具体的手続保障説

∴ 前訴で具体的な攻撃防御方法を「提出すべき」であった場合は手続保障が充足されると評価すべき(前訴の個別具体的経過によって座井武請求の失権の肯否が決まる)

∵① 民事訴訟は当事者の自律的訴訟活動こそが基軸となるので,訴訟主題の提示又は攻撃防御方法の主体的選択・手続形成の結果としての自己の責任が既判力を正当化する

② 既判力による失権の範囲は,抽象的な訴訟物レベルで作用するのではなく,具体的な攻撃防御レベルで作用する

 

 

 

 

 

 

(3) 判例理論(明示的一部請求論)

① 一部請求後の残部請求の肯否について,前訴判決における既判力の客観的範囲イコール訴訟物の範囲決定というアプローチを採用している

⇒ 『訴訟物の範囲決定』という段階で利益衡量をしてしまう(定義付け衡量アプローチに近い)[28]

② 明示の有無で考える判例理論は,『訴訟物範囲決定アプローチ』に立ちながらも,(演繹的なものではなく)帰納的かつ現実的な解決を指向している[29]

 

 

 

 

 

 

6 明示的一部請求と同視される場合―後遺損害

(1) 訴訟物の範囲決定アプローチ

● 既判力の時的限界の問題として理解して,後訴請求を許容すべき

×① 後遺損害が前訴判決の基準時にすでに現実化していた場合には,やはり遮断されるはず

② 後訴請求は前訴判決の判断を争うものではない[30]

● 明示的一部請求でないから,後訴請求は否定すべき

× 結論が常識に反している

(2) 既判力の正当化根拠アプローチ

● 前訴当時,後遺損害については手続保障の機会が与えられていないので,後訴請求は既判力によっては遮断されない

⇒ ここでは訴訟物は同一かつ単一のものであるとの理解を前提に,前訴請求では手続保障がなされていないことを理由に遮断するものと考えられる

(3) 判例

① 一部請求論の射程問題と位置付けている

② 前訴は明示的一部請求であったとして後訴請求を認容

③ 判例は実体法上の請求権は同一であることを前提としている

× 前訴当時における原告が明示してその一部を請求する意思であったか疑問

④ 判例は,一部請求であることが必ずしも明示されていなくても,一部請求であることが明示されていると同視してもよいとの方向に議論を展開[31][32]

(4) 黙示の「明示的一部請求」と解する規範

① 明示的一部請求と考えるのが合理的意思に合致していること

② 前訴判決もそのような趣旨で判断していること

⇒ 前訴当時に予見できなかった後発損害は前訴既判力に抵触しない!![33]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7 一部請求と相殺

(1) 判例⇒外側説

① 訴求債権の総額(100万円)を確定させる

② 自働債権(60万円)の額を控除した当該債権の残存額(40万円)を出す

③ 原告の一部請求の額(20万円)と残存額(40万円)を比較する

Ⅰ 一部請求の額が残存額の範囲内の場合

⇒ そのまま全額(20万円)を認容

Ⅱ 一部請求の額(例えば60万円)が残存額(40万円)を超える場合

⇒ 残存額(40万円)の限度で認容

(2) 理由付け

① 明示的一部請求をする当事者の合理的意思としては,債権総額を認識し,かつ,相手方の相殺又は過失相殺による対抗を予期したうえで,なお,当該請求額は認容され得るとの見込みで請求していると考えられる

(3) 既判力が生じる範囲

① 相殺の抗弁については,一部請求の枠外の部分(60万円のうち40万円の部分)についての自働債権の存否について既判力は及ばないことになる

② 相殺の抗弁について既判力が生じる範囲は114条2項に照らすと,「相殺をもって対抗した額」に限られることになる。したがって,上記の例でいうと,100万円のうち20万円が請求され,60万円の反対債権による相殺の抗弁が提出された場合,Xの20万円の一部請求の部分は「食われていない」から,「相殺をもって対抗した額」が存在しないことになる。したがって,自働債権には,何ら既判力が生じないというやや不思議な結論が導かれるものと考えられる[34]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第13 既判力の範囲と限界3―主観的範囲(人的限界)

1 原則

当事者間における相対的紛争解決(115条1項1号)

∵① 手続保障[35]が付与され当事者として主体的自律的に関与した者のみ及ぶ

② 相対的解決を指向することで迅速な裁判が可能

2 立法政策上の例外―既判力拡張の必要性と許容性

(1) 訴訟担当の場合の利益帰属主体(115条1項2号)

ア 典型例

① 株主代表訴訟における株主(847条)

② 破産管財人による訴訟追行(破産法80条)

③ 債権者代位訴訟

イ 制度趣旨

訴訟担当者には,当該請求との関係で当事者適格が認められ,利益帰属主体の攻撃防御の地位と機会が代替されているとみられる(代替的手続保障あり)

 

(2) 口頭弁論終結後の承継人(115条1項3号)

ア 制度趣旨

勝訴当事者が訴訟物たる権利関係についての地位が譲渡されるたびに改めて訴えを提起せざるを得なくなり,費やした費用が無駄となる可能性がある。そこで,当事者間の公平を考慮し判決の実効性を確保するため

イ 承継の意義

*一般承継と特定承継を問わない

● 訴訟物たる権利関係が承継された場合に限られる

×① 115条1項3号の制度趣旨は,当事者間の公平や紛争解決の実効性を確保するためのもの

② 承継人に対する判決効の拡張は,被承継人を当事者として追行された訴訟の成果を承継人に及ぼす趣旨

○ 訴訟物たる権利関係が承継された場合に限られないと解すべき

×権利義務の帰属変更という実体法的な承継観念⇒○紛争解決効率の向上を踏まえた訴訟法的な承継観念として把握すべき

◎ 承継人とは,当事者適格を原告又は被告から伝来的に取得した者をいう(適格承継説)

ウ 典型例

設例 XがYを被告として所有権に基づく建物明渡請求をしたところ,かかる請求は認容された。この判決の既判力は,YがZに対して建物を賃借し占有を譲り受けた場合のZにも拡張されるかが問題となる[36]

エ 要件

① Zを承継人とするのが真に紛争解決を図るのに必要かつ有効であること

② 当事者適格を伝来的に取得していること

∵ 無関係な第三者への既判力の向け替えを阻止する歯止めとして役割を担わせる[37]

* 前訴における勝訴当事者と第三者の公平確保の結果や手続保障の充足の有無の判断の結果を理論的基準に投影しているにすぎない(藤田396)[38]

オ 訴訟物たる権利関係の実体法的性質

問題意識 訴訟物が債権的請求か物権的請求かによって,『承継人』の範囲は異なると解すべきか

● 差異は生じないと解すべき

○ 訴訟物たる権利関係の性質によって承継人の範囲に差異が生じる

∵① 承継人に拡張される判決効とは,判決の本体的効力である

② 判決は訴訟物として提示された権利関係の存否に対する判断

典型例[39]

賃貸借終了に基づく土地明渡請求の訴えのケース 所有権に基づく返還請求権としての所有権に基づく返還請求権のケース
○ 賃貸借契約終了を理由とする場合には,その被告適格は当該契約の借主に限られる

目的物の現在の占有者が誰かは関係ないと解すべき

*訴訟係属中に借主たる被告が第三者に占有を移転しても,借主は被告適格を失わない反面,基準時後に占有の移転があれば判決の効力は新たな占有者には及ばない

*ただし,債権的請求であっても背後に物権が存在する場合には,標準時後の承継人にその効力が及ぶと解すべき[40]

所有権に基づく返還請求においては,目的物の占有者ないし妨害物件の所有者が被告適格を有する

被告から妨害物件を譲り受けた者に対しても判決の効力が及ぶと解すべき

 

カ 承継人の実体法的地位と承継人の範囲

問題意識 承継人に固有の防御方法が存在する場合,「承継人」に含まれるか

典型例 所有権移転登記手続請求訴訟で敗訴した売主から二重譲渡を受けて基準時後に登記を備えた第三者,虚偽表示を理由とする所有権移転登記抹消登記手続請求訴訟の基準時後に善意で目的不動産を譲り受けた第三者など

○ 第三者に固有の防御方法が認められる場合には「承継人」に該当せず(実質説)

∵ 承継人たる第三者の実体法上の地位を審理して,相手方当事者との関係で固有の抗弁が成り立たない場合のみ,「承継人」として既判力の拡張を認める

⇒ 既判力拡張の根拠を「当事者と同視すべき第三者」と位置付けるのが前提

● 承継原因事実がある限り,「承継人」として既判力の拡張を受けるが,それは口頭弁論終結時を基準時として確定された権利関係を前提としなければならないというにとどまり,固有の防御方法の提出は妨げられない

∵ 確定判決の不可争性を前提に第三者固有の立場を是認しようとするもので,実質説とは基本的な発想が異なっている

* 藤田説[41]

⇒ この問題は,第三者の固有の防御方法が遮断されないことを前提に,これをいかなる審理に際して提出させるかという観点を「承継人」概念に投影させるかという問題と考えられる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3 反射効[42]

問題意識 債権者Xは,主債務者Aと連帯保証人Yを共同被告として,Aに対して貸金返還請求,Yに対して連帯保証債務履行請求の訴えを提起した。しかるところ,Aは争う態度を示したが,Yが請求原因を認めてしまったために,裁判所は,XのYに対する請求を分離して先にこれを認容する判決を出し確定した。ところが,その後,XのAに対する貸金返還請求訴訟は,Xの請求が棄却されてこの判決が確定してしまった。Xは,Aに敗訴したがYには勝訴していることから,Yに対する確定判決に基づいて強制執行を開始した。これに対して,Yは,「XA間の訴訟においてXの敗訴判決が確定したこと」を請求異議事由として執行の排除を求めた。かかる事由が請求異議事由となるかが問題となる。

● 債務者が債権者に対する勝訴判決を得ることによって,弁済をする必要がなくなったのであれば,保証債務の付従性から保証人も債権者に対してその勝訴判決の結果を「請求異議事由」として援用できると解すべき

∵① 実体法的地位の依存性

② 請求異議事由にあたらないとすれば,保証人は債務者に求償することになるので,勝訴の利益が実質的に奪われる

×① 民訴の解決は相対的解決が原則

② 反射効は実体法的視点から絶対的解決を指向し相対的紛争解決に反する

③ Yが「請求異議事由」としているのは,「主債務の存否」であるから,すでに手続保障が与えられて敗訴しているわけであるから,蒸し返しの争点化になる(失権効の潜脱となる)

④ そもそも,判決効は訴訟法上の効力にすぎず,実体関係を変動させるものではないから,実体関係と厳格に一致しなければならないわけではない[43][44]

○ 異議事由にあたらないと解すべき

⇒ X=AとX=Y間は通常共同訴訟ではあるとはいえ,裁判所は弁論の分離をすべきではなかったものと思われる。後は,裁判所の手続裁量の問題!

 

(3) 請求の目的物の所持人(115条1項4号)

(4) 訴訟脱退者

(5) 一般第三者への既判力の拡張

 

第14 執行力

1 意義

2 債務名義の作成機関と執行機関との分離―債務名義と執行文

3 執行力の範囲

4 執行停止

第15 形成力

1 意義

2 形成力の範囲

第16 確定判決の取消し・変更

1 序説

2 再審の訴え

3 定期金賠償確定判決変更の訴え



[1]訴えの取下げが行われるのは,①裁判外で和解が成立した場合,②被告が債務を履行するなどして実体的に紛争が終結した場合,③訴え提起後に被告からの説明に納得した場合―が考えられる。

実務では,提訴前の履行催告において,「万が一期限までにお支払いいただけないときには,法的措置を採ることも辞さないことを念のため申し添えます」との警告を内容証明郵便に記載することが多い。被告はこの警告に驚いて債務を履行することもある。これは,ただ,内容証明郵便だけでは,インパクトが弱く,同時に訴訟提起へとステージが進んだ場合に,よりインパクトを増す。このような心理的強制の効果から,訴訟を提起しただけで,被告との話し合いが突然円滑に進みだすということがあるわけである。そうすると,訴訟外での交渉により事態が進展するので,わざわざ訴えを維持する必要性が乏しくなるのである。

[2] この点は,請求の放棄・認諾に既判力が生じるかという論点の対立が背景にあると理解することができる。この点に関して,判例は,全面的に訴訟要件の具備を必要とする見解を採用している。というのも,判例は,請求の放棄・認諾にも既判力が生じることを根拠として,訴訟要件の具備を求めるという論理を展開している。これに対して,請求の放棄・認諾に既判力が生じないという理解を前提とすれば,本案判決との違いが強調されることになるので,被告の利益保護や争訟処理の実効性を確保するための訴訟要件の具備を要求する理由はないという見解に傾きやすいと思われる(藤田316)。

[3] 近時は,過払金請求の事案で,請求が僅少の場合はもう認諾してしまう消費者金融も珍しくない。というのも,消費者金融の代理人は東京の弁護士がほとんどであり,わざわざ遠隔庁までくるのがわずらわしいという事情もある。当然,認諾する旨の答弁書を出した場合は出頭せず,法266条2項で陳述擬制をして調書を作成して終局ということが多い。もっとも,認諾をした場合は,調書を作成するのにすぎないわけであるが,たまに「認諾判決を求める(?)」という謎の答弁書が出てくることがある。このような答弁書が出てきた場合は,認諾意思に疑問が出てくる場合もある。そのような場合は,266条2項で擬制認諾をすることを避けて,請求原因をすべて自白したものとして擬制自白(159条)による欠席判決をする場合もあることを留意しておく必要がある。この点,請求の認諾は必ずしも請求原因に対する自白を包含するものではないが,擬制自白が成立するという観点からみると,これを肯定することができることが多いわけである。

[4] 放棄・認諾は,「意思表示に瑕疵がないこと」が要件になるかという問題に置き換えることもできると思われる。

[5] たしかに,民事訴訟制度の目的を「当事者の意思を尊重した紛争の解決」ととらえると,請求の放棄・認諾の局面は,処分権主義の表れるところであるところ,錯誤がある場合には,意思に基づく訴訟の終了といえないのであるから,かえって,手続の続行を求めるべきという主張も,このような視座を基本に据えると理解できないものではないであろう。

[6] 藤田319は要件ではなく,「和解の意義」の中で説明し,上田425は「和解の性質」の中で説明し,いずれも要件としては位置付けていないが,互譲でない限り,和解が成立しないというわけであるから,要件と解してよいように思われる。

[7] 少し疑問に思うのが,ここで論じられている既判力というのは,典型的な既判力の問題とは異なるということである。すなわち,既判力とは,確定判決の判断内容の後訴での通用力ないし基準性をいう。とすれば,後訴裁判所が前訴裁判所による和解の内容に拘束されるかという問題設定であれば理解できるところがある。しかしながら,和解の既判力の問題は,続行期日の指定申立てができるのかという視点から論じられることが多い。そうだとすれば,和解の形式的確定力,すなわち,当該手続内では,当事者が判決ないし和解の取消を求めて争えなくなった状態についての問題と理解する方が素直なようにも思われる。とすれば,和解が無効であるから,形式的確定力はなく,したがって,当該手続内において,判決を求めて続行期日の指定申立てができるという論理につながるように思われるのである。そうすると,ここで用いられている既判力というのも,実はかなりファジイな意味合いで使われている可能性があろう。そして,このような視点からすれば,あまり,「既判力の本質に反する」という類の批判は的を射たものとはいいがたいであろう。そもそも,民事訴訟法の目的を「当事者の意思を尊重した紛争解決」に求めると,2つの理論的視座を見出すことができる。第1は当事者の意思の尊重,第2は紛争の解決である。この点,和解といっても紛争解決のためのツールなのであるから,自由に相手方が蒸し返すことができるのはおかしいのはもっともな指摘といえよう。他方,当事者の意思に即していない場合にまで,和解の拘束力を認めるわけにもいかない。したがって,当事者の意思に瑕疵にない場合のみ,形式的確定力が認められるという説明で十分ではなかろうかと思われる。

[8] 既判力肯定説からは,和解合意の瑕疵は,再審事由がある場合に限られる。この点,学説によっては既判力肯定説からは再審の訴えに限定されるとなりやすいが,論理必然のものではなく,再審事由が認められるには,再審事由を主張して期日の指定申立てにより簡易に訴訟の復活を求めることもできるとの解釈もあり得る。

既判力否定説からは,続行期日の指定申立てによるべきとの考え方になりやすいが,法的安定性や上級審で和解が成立した場合の進級の利益を考慮して別訴提起によるべきとの考えもあり得る。このように見てくると,和解合意の瑕疵の主張方法は,既判力論と論理必然ではなく,政策的考慮を踏まえて議論するべきと解する

[9] 和解の瑕疵を主張する場合について,判例が採用すると思われる制限的既判力説を前提とすると,もとより,和解の要件に「和解の意思表示に無効取消原因がないこと」という要件が付け加わるということになるであろう。そうだとすれば,意思表示に瑕疵があればかかる和解は無効と解すべきであるから,理論的には,続行期日の指定申立てをするのが論理的である。もっとも,民事訴訟においては,行政事件訴訟とは異なり,取消訴訟の排他的管轄というような立法政策は採られていない。すなわち,二重起訴に該当しない限りは別個の訴えによることは訴えの利益が認められればもとより可能というべきである。このように見てくると,理論的には続行期日の指定申立てによるべきとはいえるのであろうが,法律上,それのみに限定する必要性は存しない。したがって,判例が様々な救済手段を認める競合説を採っているのは妥当というべきであろう。もとより,ここで示されている議論は,当事者の採るべき行動準則にすぎないというべきであろう。すなわち,まず,Ⅰ基本として,当事者は続行期日の指定申立てをすべきである。もっとも,これには種々の例外があると解される。というのも,まず,瑕疵がある和解に基づいて債権者が強制執行を申し立てたという場合,執行力を排除するには,続行期日の指定を申し立てても実効的ではなく,むしろ,請求異議の訴えによるのがより直裁と言わなくてはならないであろう。また,例えば,原告サイドが和解の瑕疵を主張する場合,最初に定立した請求の本案判決を得たいであろうから,続行期日の指定申立てをすべきインセンティブが働くであろうが,他方,被告サイドは,和解無効確認の訴えでも既判力は同じであるから,別訴によってもよいということになるであろう。さらに,和解が控訴審で成立している場合は,審級の利益を考慮してまったくの新訴を定立して請求をしていくということも考えられるであろう。このように見てくると,いかなる手段によるべきか―というのは,法律上の縛りはなく,そして,実践的な視点からみても,続行期日の指定申立てによるべきとあると断言できるまでには至らないのであるから,結局,当事者の自由に委ねられているというべきであろう。

[10] 結局,この問題は突き詰めてゆくと,別訴提起がなされた場合に被告から本案前の抗弁として,二重起訴の抗弁が提出された場合の成否の問題に還元されるであろう。というのも,この問題もどのような救済方法によるべきかという行動準則の問題とはいえるであろう。そうすると,Xが続行期日の指定申立てをするということが考えられる。この点,判例の立場を前提とすれば訴訟終了宣言がなされることになるであろう。そうすると,新訴を提起するしかなくなるが,この場合は被告から旧訴が復活していることを前提とする本案前の二重起訴の抗弁が出されるというわけである。結局,旧訴自体が復活しないので二重起訴の抗弁自体が成り立たないという帰結になってゆくと思われる。

[11] 民事訴訟制度の目的が当事者の意思を尊重した紛争の解決にあると位置付けると,もとより和解により生じた債権債務関係に不履行が生じ解除されたからといって,当然に旧訴が復活すると解すると,当事者が訴訟の復活を望まないこともあり得ないわけではなく,処分権主義の見地からも問題があるように思われる。

[12] 規準とは,行動の手本となる規範という意味である。

[13] この点について補足説明をすると,同一訴訟物について後訴が提起された場合であっても,基準時後の事情が考慮の対象となるので,訴えが却下されるということはあり得ないことには注意が必要である。また,消極的作用と積極的作用はドグマティークな説明の仕方であり,現実には,後訴裁判所が前訴裁判所の判断に拘束される故に当事者の既判力に抵触する抗弁を排斥しなければならないということを裁判所の観点から説明するのが積極的作用,当事者の観点から説明するのが消極的作用というにすぎない。要するに,この分類は学者の自慰行為にすぎない。

[14] したがって,Yが前訴で争点となった所有権喪失の抗弁を提出して抗争することは,既判力の消極的作用により許されないということになる。

[15] 思うに,既判力の3つの作用もドグマティークな説明がされてしまったために,本質を見失っているというべきである。そもそも,既判力の作用により,当事者の主張が制限されるのは,基本的には訴訟物が同一の場合に限られるというべきである。したがって,「訴訟物同一の場合」が挙げられているが基本的にはこれが外延を画するものと解すべきである。もっとも,通説は,「先決問題の場合」及び「矛盾関係の場合」についても既判力が及ぶと主張するのでこの点について検討する。まず,先決問題について,たしかに,前訴の訴訟物は所有権であるのに対して,後者の訴訟物はXの所有権に基づく建物明渡請求権であるが,実質的に後者は所有権があれば必然的に認められる物上請求であるということに思いを致すと,実質的に訴訟物は同一であると解される。もとより,当事者間で基礎となっている権利は同じであり,裁判所に対する審判要求が異なるものに過ぎないと理解することも可能というべきである。さらに,矛盾関係について考えてみたい。たしかに,訴訟物が異なるということはにわかに否定しがたいところである。しかしながら,それでは,一物一権主義を媒介にすれば,論理的にXの所有権が確認されれば,Yのみならず,XはZにも既判力をもって所有権を主張できると解さねばおかしいということになるが,このような結論が認められないことは当たり前である。そうだとすれば,一物一権主義という説明は便宜的にすぎないものと解すべきであろう。

したがって,実際上は,訴訟物が同じであるということを暗黙裡に前提にしていると解される。なるほど,例えば,Yは,本来であればXの所有権の不存在を確認したいのであろうが,このような訴訟物は訴えの利益が認められないので不適法になっているので,やむなく一物一権主義を利用して自己の所有権を確認することでYの所有権を否定しようとするのであるから,結局,実質的には訴訟物は同じであると解されるのである。このように見てくると,既判力が作用するのは,外延は前後するとはいえ,ベースラインは訴訟物が同じであることをいうことを明確に意識する必要があるというべきである。そういう意味では,先決関係や矛盾関係は,実質的に訴訟物が同じ場合と説明すれば足りるのであり,これをさも一般的普遍的な概念であるかの如く説明するのは失当というべきであろう。

[16] なるほど,論理的には,口頭弁論終結時というポイントにフォーカスをあてるので,基準時前に存在したことを確定するわけではないということもいえるものではあるが,では,そのようなことが現実的に問題になる余地はあるかということになると,机上の空論を除けばそのような余地はないと言い切ってよいであろう。すなわち,時的限界とは,口頭弁論終結後の事由について既判力は及ばないことをいうと定義付けてもよいのではないかと思われる。

[17] 遮断効とは,「係争権利関係について基準時前にすでに存在していた事由については,当事者は,後訴でこの事由を提出して争うことは許されず,その主張や抗弁は排斥される」,既判力の消極的作用をいう。遮断効を承認するということは結果的に,判決の理由中の判断に既判力を認めるという結論に相当接近することに留意する必要がある。すなわち,XのYに対する100万円の貸金返還請求訴訟がXの勝訴により確定した場合は,口頭弁論終結当時の給付義務の存在が確定してしまいこれを動かすことはできなくなる。そうすると,敗訴した債務者は,上記の給付義務を動かすことができなくなってしまった反射的効果により,動かせない権利関係を「動かすおそれのある理由」がすべて遮断されてしまうのである。それゆえ,契約不成立の否認や,錯誤無効の抗弁,基準時以前に存在した弁済の抗弁,消滅時効の抗弁,これらはすべて判決理由中の判断にすぎないわけであるが,すべて既判力の消極的作用により遮断されてしまうのである。例えば,トンネルの中を自動車が6台走っているとしよう。判決理由中の判断に既判力を認めるということは,トンネルの中の自動車の位置を動かさないことと形容できよう。これに対して,遮断効は,トンネルの出口を封鎖してしまうというイメージに近い。つまり,自動車はトンネルの中では動けるかもしれないが,出口が封鎖されているので自動車がトンネルの外に出られないという結論は,実は判決理由中の判断に既判力を認めるということと何ら変わるところはないのである。突き詰めてゆくと,判決理由中の判断に争点効を認める新堂説を援用すれば,領域が完全に重なってしまうので,おそらく遮断効の議論は不要になるものといえよう。もっとも,訴訟物が異なる場合にも判決理由中の判断に既判力ないし争点効は認められるのかという問題設定では議論の余地はあるわけであるが,訴訟物が同じである以上は実は通説の見解を前提としても判決理由中の判断に既判力が生じているのに等しい結論となっているわけである。したがって,実は争点効を認める見解とも判例とも,訴訟物が同じという限度においては結論に差異はないといえるのである。

[18] なお,上田467は,遮断効の根拠として,「前訴で争え,かつ,争うべき法的地位にあった以上遮断される」とするが,このような説明には結果的に正しいものがある一方で規範的に承認するとなれば,本質を見失うので止めた方がよい。既判力による遮断効が働くのは,あくまでも訴訟物となっている権利関係が既判力によって,氷のように固められてしまい動かせなくなるからである。動かせないので,判決理由中の判断も動かすわけにはいかないわけである。動かしたら訴訟物の権利関係が変わってしまうからである。結局,遮断効は,このような技術的な制約により生じているものと解するのが相当であって,当事者の訴訟追行如何に依存するものではないであろう。もとより,既判力の正当化根拠に思いを致せば,自己責任が妥当しない領域で既判力を認めてよいのかという問題はたしかにある。ただ,基準時前の事由が遮断されず,その行使を認容することになると,結局,訴訟物の存否という結論まで影響を受けるから,実質的に蒸し返しを認めるということになるということも自覚しておく必要があろう。藤田374に同旨と思われる指摘がある。

[19] この問題は,形成権行使を保障する実体法の要請と本案判決が確定し蒸し返しを許さないという民訴法の要請をどのように調和させるかという問題ととらえることができる。この点,形式的に法的効果のみに着目すれば,基準時後の事由ということになり得る。しかしながら,少し視点を後ろにずらして考えてみるのに,例えば,もし詐欺や強迫による取消の抗弁が基準時後の事由にあたるということになるということになると,おそらくほとんどすべての民事訴訟で詐欺や強迫の抗弁は成り立つはずである。そうだとすれば,もしこれを是認すれば,紛争をいとも簡単に蒸し返すことができるうえに,詐欺取消しの抗弁が認められてしまうと前訴ははっきりいって無駄かつ徒労であったということになるであろう。そうすると,訴訟経済や原告の紛争が終局したという期待という視点から考えると,すこぶる問題があるというべきであろう。もっとも,民事訴訟制度の目的は,当事者の意思を尊重した紛争の解決にあるととらえると,問題となるのは,被告にとって,そのような事由を前訴で提出しなかったということが意思に即しているといい得るのかという視点に収斂されるであろう。すなわち,結局,全体的には,基準時後の形成権行使は,認めないというのが基本的視座であるが,これを認めないのが,実体法の保護する当事者の意思に反すること著しいという場合には,認めないこともないが,紛争の蒸し返しになることも踏まえた慎重なバランシングが求められるという構造がここでの論点理解といえるであろう。

[20] 「請求権自体に内在・付着する瑕疵」というのは,かなり大上段な表現になっているが,突き詰めてゆくと「当該事案において,典型的な攻撃防御方法として当然に前訴で意識されるべきもの」ということになるであろう。

[21] これに対して,中野説は,「訴訟は実体法秩序の実現過程でもある以上,民法上の取消権者の地位を訴訟上も可及的に尊重すべきであって,既判力によって遮断することによってその実体法上の地位を変更してしまうべきではない」と反論している。繰り返しになるが,既判力というのは,本来は,訴訟物の限度でしか生じないはずであるから,判決理由中の判断には既判力が及ばないのでこのような問題は生じないとも思われるが,訴訟物の存在が固められてしまう結果,判決理由中の判断も遮断されてしまうわけである。これは,遮断されてしまえば行使することができないわけであるから,実体法上の権利を既判力によって奪うという側面が否定することができないわけである。そうすると,民法の立法政策と民訴法の立法政策のいずれを優先すべきか,という点に突き詰められてゆくわけであり,中野説のいうことも理論的には分からないではないところがあるのである。おそらく中野説は次のような事案を想定しているのではないかと思われる。すなわち,「XはYに対して代金支払請求をしたところ,Yは詐欺取消しの抗弁を提出することが客観的には考えられたが,この時点ではYは詐欺ということに気付いていなかった」という事案である。もとより,このような事案で遮断を認めれば不当であるが,基準時後の事情として処理することができるところであろう。すなわち,「請求権に内在する瑕疵」,すなわち,典型的な防御方法というのもある程度は具体的な場面に即して限界の外延が画されていることを示唆するともいえよう。問題は,証拠がなかったという場合であれば,提訴強制機能のある債務不存在確認以外はこの点は考慮することはできないというべきであろう。

[22] なるほど,たしかに,債務不履行の解除の要件事実を案じてみると,もともとの請求権の発生原因事実も要件事実となるわけであるが,むしろ,債務不履行の事実の方に重点が置かれているのは明らかであると解される。しかも,債務とは誠実に履行されねばならないのが鉄則であることも踏まえると,請求権と解除権の発生は別個であるから内在されているとはいえないという指摘は理論的には聞くべきものがあるが,しかしながら,紛争解決の見地から,何か取消権と異なるところでもあるのかということになるとないであろう。

[23] たしかに,建物買取請求権は,建物収去土地明渡請求がなされた場合に予想される典型的な攻撃防御方法の一つであると考えられる。このような視座からすれば,請求権自体には付着するものではなくても,請求権と密接な関連性を肯定することもできると思われる。しかしながら,実質的な観点を考慮するとそのように解するのは相当ではないと解される。すなわち,既判力の遮断効の例外を認めると,紛争が実質的に蒸し返されるという問題点がある。ところが,建物買取請求権の場合,もとより,それが行使されたとしても,地主側の勝訴というアウトラインは変わるものではないから,不当な蒸し返しと評価するのは相当ではない。しかも,もし,建物買取請求権を認めないということになると,請求異議が成り立たず建物が収去されてしまうが,もしそうなれば建物買取請求権を事実上,行使できるかも疑問が生じてくる。そうしてみると,その実態は既判力によってYに建物買取請求権を放棄させるに等しい地位に置かれることを余儀なくされるところであるが,これが弱者保護を理念とする借地借家法の立法政策に合致するかを考えるとにわかに首肯しがたいものがあるというべきであろう。少し興味深いのが判例の説示である。判例は,建物買取請求権の実体的効果として,債務者の建物収去土地明渡義務のうち,建物収去義務が喪失し,建物退去義務に縮減されるという効果をもともと生じさせるのが立法政策で予定されているということを出発点に据えているように思われる。そうだとすれば,既判力で建物収去土地明渡請求権があるということが固められたわけであるが,それを実体法が建物退去請求権に縮減させるという効果を生じさせる(いわば既判力すら打ち破っていくことが予定されている)権利を置いているのであるから,そういう実体法上の権利ゆえに訴訟法上も遮断される余地はないという流し方のように思われないではない。これは,民法VS民訴法では取消の議論が既判力肯定であるように全体的に結論は出ているようにも思えるわけであるが,借地借家法VS民訴法というとなるといずれの立法政策を優先させるかということは民法の取消権ほど単純ではないということも示唆しているのではなかろうかと思うところである。

[24] 現実の判決主文は,「被告は原告に対して2000万円支払え」というように簡潔に記載されるのにとどまっている。そこで,既判力ある判断の内容は,主文だけではなく,判決の事実及び理由中の記載を斟酌して特定されると理解すべきである。

[25] 争点効理論と信義則説は議論のレベルが異なっているので注意が必要である(藤田383も,信義則説と争点効理論が同じ教科書の部分で並べられることに不満のようである)。新堂説は,「主要な争点」という判決理由部分に制度的拘束力が生じることを正面から認めるということになるので,114条1項に反するのではないかとの疑問が生じる。これに対して,信義則説は,判決理由中の判断に拘束力を生じさせるのではなく,一種の「主張制限」と位置付けている。すなわち,信義則説は,具体的場面に照らして,前訴で争点となった主張をすること自体が信義則に反するとして排斥するものである。これは,前訴と同じ争点についての主張が信義則に反するとされた結果,事実上は判決理由中の判断に拘束力が生じたのと同様の結果となるが,論理的には信義則による主張制限が行われたものにすぎない。したがって,判決理由中の判断に拘束力が生じているように事実上見えるとしても,114条1項に違反するものではないと考えられる。敷衍すると,同様の議論構造を有するものとして,既判力による遮断効と争点効理論との関係も挙げることができる。既判力によって,ある訴訟物の存在が確定すると,その訴訟物の存在という結論を動かすおそれのある事由(理由)は,すべて既判力により遮断されてしまう。これも,視点を下げて考えてみると,判決理由中の判断に既判力が生じたものと事実上見ることができる。とすれば,既判力による遮断効を認めるのは114条1項に反すると解すべきとの主張も考えられるところである。しかしながら,既判力による遮断効は,既判力が口頭弁論終結時の訴訟物の存在を確定する効果として必然的に生じるもので,これを具体的な訴訟の場面でいうと,後訴では,口頭弁論終結後の事由のみを主張できるということになり,逆にいえば,口頭弁論終結前の事由は主張できないことを意味する。このように見てくると,既判力による遮断効は,「既判力による主張制限」とみることができるわけである。そして,このことは,「信義則による主張制限」と議論のレベルでは平仄が合うわけである。さらに,突き詰めてゆくと,新堂説には改説を願って,争点効を「判決理由中の判断に拘束力を与えるもの」というレベルから,「前訴で主要な争点とされたものについて主張制限をするもの」というレベルに捉えなおすと,争点効を最高裁が受け容れることも十分可能と解されよう。このように見てくると,争点効の問題意識は基本的には真に正しいものがあったが,問題の本質的な位置付けを誤ったか,あるいは,制度的拘束力を広く及ぼすドイツ法に引っ張られ,理論構成に失敗したといえよう。

[26] 藤田384は,引換給付文言については,主文に掲げられるからといって,審判対象として取り込まれるわけではないのに対して,平成5年及び昭和49年の判例のケースは主文に掲げられることで審判対象として取り込まれると説明している。たしかに,引換給付文言は,強制執行開始の要件(民執31条)を注意的に掲げており,訴訟物を構成するものではないことが明らかである。また,双務契約の対価的均衡や担保権としての政策的理由から両債務が結び付けられて引換給付判決となるにすぎず,債務と責任のような密接な関連性はないとする。たしかに,ある債務についてその責任がなかったり,あるいはその責任が限定されていると,その債務は責任のある部分でしか執行できず,逆にいえば,事実上,執行ができない部分は債務を失うのに等しい結果となることに照らすと,債務と責任の場合に限り,密接な関連性を肯定することができるように思われる。

[27] 要するに,訴訟物の範囲では,たとえば,債権全額が訴訟物となると解しつつ,正当化事由があるので残部請求は遮断されないという理論付けで後訴を認めようとするものと解される。後遺症事案での議論の対立を見れば分かるように思われる。

[28] 藤田387は,判例は,2つのアプローチのうち,演繹的な「訴訟物の範囲決定アプローチ」を採用したものと評価している。このようなアプローチを判例が採用する理由としては,『訴訟物』という統制概念が有する,基準としての明確性が挙げられる。そして,基準としての明確性を損なわない限度で,処分権主義からの一部請求を認めるべきとの要請,被告の応訴負担,訴訟経済という3つのカードを考慮していくということになる。言い換えると,このアプローチを採る場合には,訴訟物の範囲設定という観点からの制約も抱えることになるので,現実には4つのカードが出されることになり,しかも,そのうちの1枚のカードである「訴訟物」カードが強すぎるために,他のカードを生かす余地というのがかなり限られるということができると思われる。このような点を藤田387も認識しており,「訴訟物という明確な外枠で限界設定してしまうことによって柔軟性が失われるという側面が生じることは否め」ないと指摘している。結局,『訴訟物』は何かという概念付けの中で3つのカードの利用を考えることになるため,具体的な利益衡量はできず,抽象的なレベルでの利益衡量しかできず,たまに具体的な結論がすこぶる不当となる場合があるわけである。

これに対して,具体的手続保障説が採用するアプローチによると,結局,前訴でその攻撃防御方法を「提出すべき(=期待可能性があること)」であったといえるかを当該具体的事情に即して考慮するアプローチである。このアプローチは失権効の正当化根拠から検討する手法を採用することによって,訴訟物概念の帰納を相対的に低下させることになる(既判力が及ぶ範囲=訴訟物という論理公式を否定し,既判力が及ぶ範囲=手続保障+自己責任が妥当する範囲にすり替えてしまうからである)。これは,抽象的レベルでの利益衡量しかしない判例に対する,「より具体的な審理経過の経過等を通じて当事者間の具体的公平や期待利益の保護の軽重を考慮すべきではないか」という手痛い問題提起といえよう。たしかに,このアプローチによると,抽象的なレベルで具体的な事情をすべて捨象して,「抽象的債権者と抽象的債務者,抽象的訴訟経済」の調整を図るのではなく,3者の利益を事案に即して具体的に検討するアプローチが可能となる。もっとも,このアプローチは,予測可能性に乏しく既判力の及ぶ範囲が謎という問題点はあろうし,下手をすれば紛争の蒸し返しを許し,紛争解決の観点からにわかに是認しがたい事態になることもありえることには留意しなくてはならない。

なるほど,例えば,後遺障害事案を念頭に考えると,抽象的レベルで後遺障害という事情も基礎にせずに抽象的に3者の利益を考慮したうえで,明示があるかどうかを問題にすれば,残部請求は許されないと解すべきである。これに対して,当該事案について3者の利益を考慮して,債権者がその主張を「提出すべき」といえなかったのであれば遮断されない結果,後訴の提起が可能という処理が可能になるというわけであろう。なお,藤田387は,具体的手続保障説は,「判例理論の実質的妥当性を検証する役割」を担っている側面があると指摘している。この指摘は,結局のところ,紛争解決の視点及び裁判を受ける権利に対する制約となる既判力の範囲が明確でなくなるという致命的欠陥を有するために採用しがたいところではあるが,実質的妥当性の検証としてのツールとしての意味づけにとどまるのであれば,「それなりに有益」であることを示唆しているものと思われる。

[29] 藤田387は,判例は,「帰納的で現実的な解決を指向した」ものと評価しているが,その評価の根拠はかなり難解なものである。おそらく,論旨は次のようなものであると思われる。すなわち,判例は,訴訟物の分断を認めるか否かについて,「一部請求であるかの明示があるか」をメルクマールとしている。これは,原告の視点からすれば,前訴で勝訴するためには,論理的には残部部分の主張立証をしなければ勝訴することはできないという訴訟活動をさせることになる。また,被告の視点からすれば,一部請求であることを認識しているので,残部について反訴を提起すれば後訴が封じられるという意味で,被告にも後訴の応訴の負担から免れさせるという手続保障が図られており,逆からいえば,被告が反訴を提起しないという意思決定をしたものである以上,「被告は残部請求の応訴の負担を引き受けたもの」と評価できるようにも思われる。このような理論的な視座から,Xが一部請求で勝訴したケースと敗訴したケースについて検討してみたい。

まず,Xが一部請求で勝訴をした場合,判例によるとXは後訴を提起することが理論的に可能になるはずである。この点,具体的手続保障説によったとしても,この事案では,「Xは残部について主張立証する必要がもはやない」ので,突き詰めていえば,後訴では前訴判決を援用すればこと足りるということになるので,同様の結論となるわけである。藤田見解によれば,この類型における判例の結論は実質的にも正当と評価できるわけである。

次に,Xが一部請求で敗訴をした場合の残部請求について検討してみたい。この点,判例は信義則上排斥されるとしている。具体的手続保障説によれば,Xは後訴においても主張立証に迫られるところ,すでに敗訴しているわけであるから,「自律的訴訟活動に基づく自己責任」という既判力の正当化根拠は満たすことになる。したがって,この見地からも判例の結論は正当である。

一方で一部請求であることの明示がなかった場合について考えてみたい。判例は,訴訟物の分断を否定し後訴は既判力により遮断されるという帰結を採るであろう。この点,具体的手続保障説によると,どのような結論になるか文献がないので分からないところであるが,案じてみると,被告に対して反訴をさせるという手続保障が与えられる契機がなかったというのであるから,被告が前訴で「反訴を提起すべき」であったと評価することはできないということになるのではないかと思われる。そうすると,この説によっても後訴を認めないというということになるので,概ね判例の結論自体は,具体的手続保障説からも首肯できるものであるものと思われる。

藤田388は,判例は,訴訟物アプローチをとり,「可及的に明確で安定した既判力の範囲決定基準に依拠すべく訴訟物の範囲決定の観点に基礎」を置きながら,「明示の有無」を問題にすることによって,具体的レベルにおいても,「原告の利益と被告の不利益回避・訴訟経済上の利益との調整を試みる」ものとしている。言わんとすることは,明確性を維持しつつも実質的利益衡量上も正当な結論を出しているということで判例を絶賛しているわけである。他方,明確性を欠き,失権の範囲も明確ではない具体的手続保障説は憲法32条からいって問題であるし,あるいは蒸し返しを自由自在に肯定するおそれありということで民事訴訟制度の目的に照らして,理論的には誤りといわざるを得ないが,「帰結だけは真に正当」とするのであろう。

[30] この点の理解は混同しやすいので,特に,「既判力の時的限界として処理する見解」と,「既判力の正当化根拠からのアプローチ」は理論的に区別して理解する必要がある。すなわち,時的限界の問題とは,「前訴請求と後訴請求の訴訟物が同じであることを前提に,基準時後の事由による後訴請求によって前訴請求における判断を覆すこと」を意味することになる。この点,前訴で30万円が損害であると考えて,後遺損害が20万円さらにあったという場面を想定すると,たしかに,典型的な時的限界の問題は被告が請求異議の訴えで前訴請求の結論を争う者であるのに対して,本件では,原告が前訴を前提として踏まえたうえで追加請求をするものといえるので,時的限界の問題として把握されるものとは利益状況が異なっているとも解される。

[31] 最判昭和42年7月18日民集21巻6号1559頁では,Xは,前訴で後訴と同一の事故であることを理由に100万円の損害賠償請求をしている。前訴で東京高裁は,慰謝料30万円のみを認容し,その余を棄却しこの判決は確定している。Xは,後訴を提起し,治療費37万円を請求した。なお,この治療費は,前訴の口頭弁論終結した昭和35年5月より後の昭和36年7月に入院加療したことによる治療費である。Xは既判力を受けないと主張したのに対して,Yは既判力を受けると主張した。最高裁では,「不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効が進行しないとされた事例」として取り上げられており,既判力の抵触についての最高裁の判断は示されていない。この点,原審は,「Xは,前記別訴において,控訴審の口頭弁論終結日たる昭和35年5月25日までに支出した治療費のみを請求する旨明示して20万円を請求したものと解すべき」である。そして,「1個の不法行為によって生じた財産上の損害のうち特定の一部の損害についての確定判決は,その一部の損害と明らかに区別できるその余の損害についてまで既判力を及ぼすものではない」として,口頭弁論終結後の再手術の費用については,前訴の既判力は及ばないと判示している。調査官解説では,最判昭和32年6月7日民集11巻948頁が挙げられている。この判決は,前訴で一部請求の明示がなかったので後訴が否定された古典的判例であるが,「前訴の請求が結果的に見れば一部請求であった場合でも,前訴における原告の主張から判断して全部請求であったとみられるならば,後訴において今さら右請求が訴訟物の一部にすぎなかった旨を主張することは許されない」としている。逆にいえば,前訴における原告の主張から判断して全部請求であったとはみられないのであれば,(一部請求であることの明示がなくても)残部請求は許される,との規範を抽出しているようにもうかがわれる。つまり,明示があるかは,「前訴における原告の主張から判断して全部請求であったとみられる」間接事実という位置づけをしているようにうかがわれるわけである。なお,61年の調査官解説も42年の判例は,「一部請求の理論によって追加請求を認めた」と指摘している。

[32] 最判昭和61年7月17日民集40巻5号941頁は,将来の賃料相当損害金請求の認容判決確定後,貨幣価値ないし物価変動によって認容額が不相当となった場合には追加請求を許容してよいとしている。この点,本判決は,後訴請求が前訴で主張立証対象とすることが不可能であり,したがって,当事者の合理的意思からみて,前訴の請求に包含されていない趣旨のものであることが明らかであって,これに対する判決もまたそのような趣旨のもとに前訴請求について判断していると認められる場合については,結果として前訴請求は一部請求であったことに帰し,前訴判決の既判力は後訴請求には及ばないとしている。不動産の明渡訴訟においては,主請求である明渡しのほかに,明渡しに至るまでの賃料相当の損害金の支払いも附帯して請求されることが多いものと考えられる。そして,事実審口頭弁論終結のときから,明渡しに至るまでの部分が将来の給付とされる。すなわち,不動産価格の高騰が著しい時期には,判決から明渡しに長い期間を経過した場合,認容額が適正賃料額に比較して不相当となる場合があり,判決の既判力との関係で適正賃料額との差額を追加請求することができるかが問題となっている。61年判例は,この問題を積極に解しており,その根拠を一部請求論によったわけである。

なお,調査官解説は,将来給付の訴えにおいては,金額について主張立証が可能であることを前提として初めて成り立つから,金額についての予想が外れても新たな請求権が生じたと解することはできず,原則として既判力で遮断して問題ないとする。もっとも,将来の賃料相当損害金については,債務者が履行しないために差額が生じたといえるのであり,差額請求を認めないのは衡平に反するとしており,請求の特殊性に実質的な根拠を求めているものと考えられる。また,本判決は,将来の賃料相当損害金の請求という特殊な性質から,その請求の一般的,客観的な解釈として一定の留保があったとみているのであり,「一部請求である旨明示されているのと同視してよい事情があると解している」と指摘している。

[33] 以上のように考えると,判例理論の動向から一つの視座を読み取ることができる。すなわち,判例は,既判力の生じる範囲を明確にするために,「既判力=訴訟物の範囲」というドグマを維持したいという思考が強い。他方,そのようなドグマティークな思考をすれば,結局,硬直的な利益衡量しかできないはずであり,特に後遺損害のケースでは不当な結論が導かれるものと思われる。具体的には,不法行為に基づく損害賠償請求権の訴訟物は何個かという問題を基本に,どこまで原告の利益,被告の負担,訴訟経済を考慮できるかという問題の中で検討していくということになるであろう。ところが,藤田387が指摘しているように,実は判例は概念法学的な演繹アプローチに固執しているわけではなく,実態は,帰納的アプローチをしている。藤田は,判例の結論が奇妙にも,具体的手続保障説の結論に無理矢理合わせようとしており,そのような結論を導けるマジック・ツールが「明示があるかないか」としていた。たしかに,おおむね私見が検討したように,そのような理解は正しいわけであるが,では,後遺損害の場合はどうなるのかが問題とされる。この点,判例の明示的一部請求理論によれば,前訴では間違いなく明示されていないわけであるから,明示があると説明することはできないわけであるが,判例は,実質的利益衡量,すなわち,具体的手続保障説における検討ともパラレルとも思われるが,この判断を優先させ,後はその結論に合わせるために「適当に理由付けをしている」という態度が昭和61年の調査官解説に照らすと明らかといえよう(61年の調査官解説は,残部請求を認めないと,「衡平に反する」と述べて,その理論構成の検討に移っている)。そして,その適当な理由付けが「一部請求があったと同視できる」というわけである。このように考えると,①実質的利益衡量を重視⇒②明示的一部請求の理論で適当に理由付け―という判例の態度が明らかになるものと思われる。なるほど,このように考えてくれば,判例が帰結では具体的手続保障説を採用していると考えても首肯できるものがあると思われる。そして,判例は,その帰結を,「既判力=訴訟物」というドグマを維持しつつ,Ⅰ信義則とⅡ明示理論を自由自在に駆使することによって妥当な結論に持ち込んでいると説明できる。言い換えれば,判例理論は理論的にはすっきりしないところがあるわけであるが,それを理解するには事案の利益の吟味が欠かせないといえるであろう。

ただ,翻って考えてみると,判例理論の帰結を前提に考えてみると,もはや「既判力=訴訟物」というドグマを維持する必要はなくなっているようにも思えてくる。ここまで,自由自在に結論を変えてしまうのであれば,「既判力と訴訟物の範囲は一致しないことがある」ことを正面から認めてしまって,どういう場合に既判力を否定すべきかという点について事案を集積させた方がよいと思われるところである。

[34] ただ,このような帰結が不当であると考えてはならない。けだし,ドイツは失権の範囲を広くとり信義則により縮減するというアプローチを採るのに対して,日本では失権の範囲は狭くとり,信義則で失権の範囲を拡張するというアプローチを採るので,もともと制度的拘束力の射程距離は,必要性を満たすのに不十分な距離までしか及ばないのが,立法政策上,当然の前提とされているからである。それが不当であると考えれば,新堂説のように,新訴訟物理論を採用し,争点効を認めるほかないであろう。それゆえ,後は信義則で柔軟に対処すればよく,既判力の範囲を拡張すべきではないかなどという問題意識を持つ必要はないと考える。

[35] 「手続保障」というワードはブラック・ボックスに入りやすいので留意しつつ用いる必要がある。ここでいう手続保障というのは,一言でいえば,「当事者が自らの意思で裁判内容をコントロールできる地位と機会を与えられていること」となる。敷衍すれば,そもそも,民事訴訟は処分権主義を背景にいかなる請求を審判対象とするかは原告の意思を基本としている。また,それとの連続性から訴訟資料レベル及び証拠提出レベルにおいても当事者の意思を尊重している(弁論主義の3つのテーゼ)。このように,民事訴訟では,訴訟物レベル,訴訟資料レベル,証拠資料獲得プロセスにおいて当事者の意思が尊重されている。このような民事訴訟制度にかんがみ,当事者として,その手続過程に意思を反映させたものが,「裁判内容をコントロールできた」といえ,手続保障がなされたと評価できるのである。そうだとすれば,手続過程に意思を反映させていないのに既判力の拘束だけ受けるというのは,民事訴訟制度の目的に照らしても疑問が生じるというわけである。

[36] この点に関して,たしかに,XのYに対する所有権に基づく建物明渡請求(α請求)とXのZに対する所有権に基づく建物明渡請求(β請求)については,訴訟物が異なるものと考えられる。すなわち,XがZに対して請求をする場合,それはZがYからα請求による目的物の明渡義務を承継するものではなく,まったく別個の請求権ということになる。したがって,承継とは訴訟物たる権利関係が承継された場合をいうと解すると,この場合,115条1項3号の承継がないに帰するので,XはZに既判力を及ぼせないという結果となる。しかしながら,これでは,115条1項3号が「当事者間の公平」を考慮して既判力を拡張している趣旨が実現されない結果となる。そこで,既判力の拡張の是非を画する理論的基準を提供する承継概念を実体法から切断する必要が生じた。そして,承継概念は訴訟法的に検討をすべきとして承継概念を抽象化することでその射程の拡大を図ろうとするのが適格承継説の実践的意図と理解することができる。

[37] 要するに,「当事者適格を取得する」とは,言い換えれば,原告にとって紛争解決をするのにその者を被告とすることが必要かつ有効という意味に理解すればよい。したがって,原告にとっては,Yに代わりZが占有をするようになれば,Zを被告とすべきとしたいことになる。もっとも,この考え方には一つ致命的な問題点がある。すなわち,当事者適格,すなわち,主観的な訴えの利益とは,要するに,「原告にとって被告とするのが都合のよい人」という程度の意味にしかならない。したがって,YとZが何の無関係であったとしても,原告にとってZを被告とすることが都合のよいことは間違いがない。そこで,この場合にも承継を認めると言うことになりかねない。しかしながら,たとえば,Yが建物から退去して,そこに偶然,別のZが占有を始めたという場合にまで,Zに既判力の拡張を認めるのは,Zの手続保障に欠けるので,「当事者間の公平」に反すると考えられる。そこで,YとZとの間に「一応のつながり」を求めたいわけである。その安全弁の要件が,「伝来的に取得」ということである。

[38] 「公平」というワードは承継の範囲を広げる際の考慮要素になる。また,「手続保障」は承継の範囲を広げる際の考慮要素になる。そして,既判力を引き受けさせるのが公平で,手続保障にも反しないと判断される場合に,「当事者適格を伝来的に取得した」とワーディングしているにすぎないというのが藤田396の指摘である。

[39] 分かりにくいところと思われるので,補足的に意見を述べておきたい。まず,賃貸借契約終了に基づく明渡請求権は債権的な請求権である。すなわち,賃借人には当然に「目的物を返還する債務」がある。したがって,XがYに対して目的物を賃借した場合において,YがZに転貸したからといって,Yが目的物返還債務を免れるということはあり得ないわけである。そうだとすれば,仮に目的物の占有がYからZに移転したとしても,Yを被告として明渡しを求める意味は一応残っているものと考えられる。しかしながら,現実的(社会科学的)にはZに明渡しをしてもらわないと紛争の実効的な解決ができないわけであることは確かである。そこで,Zが承継人にあたらないかが問題とされる。この点,適格承継説を前提とすれば,転貸を受けて,目的物を占有しているZが被告適格を有していることは間違いがない。では,Zが「伝来的に」当事者適格を取得したといえるかが問題となるわけであるが,この点,X・Y間の訴訟では,XY間の賃貸借契約の締結,基づく引渡し,終了原因が争点となるにすぎず,これをもって,Zの手続保障がなされていると解することはできない。したがって,Zは被告適格を「伝来的に」取得したとは解することができず,判決効の拡張はできないという結論になるのが原則である。もっとも,債権的請求であっても,背後に物権が存在する場合には,標準時後の承継人にもその効力が及ぶと解すべきである。そうすると,実際上は賃貸借の場合は,主張立証の便宜という観点から,賃貸借契約の終了を原因とする債権的請求がなされるにすぎないものと解される。すなわち,賃貸借終了を原因とする場合には,大抵物権的請求が可能なことが多いのであるから背後に物権が存在するということができる。このように考えてくると,実質的には無権限者に対して物権的請求がなされた場合の占有の譲受人と同視することができるということになるので,結論的には「承継人」にあたり既判力の拡張を受けるということになる。なお,このような理解は新訴訟物理論を採る時にはなぜ債権的請求の場合は承継人にあたらないとする必要があるのか疑問であるという批判が考えられるが,現実には理論的な対立はあまり意味がなく,115条1項3号の制度趣旨を踏まえて,最低限の手続保障と当事者の公平が調和する点を捉えて,判決効の拡張があるかを解すべきであり,理論付けは後付のものにすぎないという色彩が強いものと解される。もっとも,結論は確定していても適格承継説に充填して考えると,「伝来的に」という要件に引っかかってしまう。そこで,適格承継説を維持しつつ上手いこと説明できないものであろうかというのが,「背後に物権が控えている」というわけの分からない説明なのである。すなわち,理論的にはどうであれ,「判決効の拡張を認めたほうが公平」という価値判断が先行してしまっているわけなのである。

[40] 不動産の賃貸人がその不動産の所有者でもあり,所有権に基づく返還請求権としての明渡請求権と賃貸借契約の終了に基づく目的物返還請求権としての明渡請求権のいずれを訴訟物とすることも可能である。もっとも,このような場合は,訴状の記載や釈明権の行使によって明確にされた当事者の意思に従うべきとされる(類型88)。

[41] この論点も結論はすでに固有の攻撃防御方法を提出することができるということは決まっているわけである。そこで,それを115条1項3号との関係でどのように説明するかという問題にすぎない。この点,理論的には,すでにX・Y間で争われた事項についてZに蒸し返しの権限を認めるのはおかしいから形式説の言っていることも間違いではないが,実質説も「承継人」にあたらないからといって,蒸し返しの抗弁を提出することを認めるものではないと思われるので,結局,説明の技巧を競うものにすぎないものと思われる。そして,両説は単に,注目するフォーカスがずれているだけで言おうとすることは同じである。実質説は,「固有の攻撃防御方法が出せる」から「承継人ではない」と説明するのに対して,形式説は,「承継人ではある」が,「固有の抗弁権は提出できる」と説明する。実質説は,第三者を保護すべきかどうかの判断を既判力の拡張を受ける「承継人」かどうかの判断にあたって行うという点に力点を置いているのに対して,形式説は,承継人であるということと固有の攻撃防御方法を提出することはリンクする問題ではないという点に力点を置いているわけである。一面的にはいずれも正しいものがあるので,どちらが正しくどちらが間違っているという次元で問題を捉えるべきではない。

[42] 反射効の議論は3つの視点から眺めると有益である。一つの視点は紛争の相対的解決である。反射効は,実体的な一貫性を訴訟法的にも反映させようという議論に見えるが,逆にいえば紛争の絶対的解決を指向するものと考えられる。そのような場合は,対世効のように明文の根拠が必要と解されるのであって,明文の根拠がないのにそのようなことがいえるかが問題となろう。もう一つは,既判力の遮断効との問題である。本件では,既判力の遮断効の潜脱となるのではないかという問題意識も必要である。最後は,手続裁量である。弁論を分離すべきではなかったという視点である。

[43] なお,調査官解説によると,通説は,「第三者に有利にのみ反射効が及ぶという保証債務の場合」には反射効を肯定することになるとしており,最判昭和51年10月21日民集30巻9号903頁も一般論として反射効を否定するものとまではいえないとしている。突き詰めて考えると,調査官解説がいう類型は,おそらく,「XがAに対して請求し主債務不存在で請求棄却判決を受けたにもかかわらず,Yに訴求した」というケースを想定しているものと考えられる(例えば,Aの制限能力や履行期未到来が原因となっている場合は保証人は責任を負うべきであるから,反射効概念を承認するにしても,反射効は生じないと解すべきである)。これは請求異議事由にあたるかという問題ではなく,実体的な請求の問題といえよう。もっとも,このような場合,わざわざ反射効といわなくても,信義則により主債務の存在については,主張制限されると解すれば足りるようにも思われる。調査官解説は,「この類型の反射効は認めやすく,通説がこれを認めているのに,さらに本件1審,2審判決がこれを認めているのに,本判決が仮定論に終始したのは・・・反射効に対する最高裁の慎重な態度を看取することができないでもない」とする。

[44] 理解が難しいところであるので,若干の補足意見を附すこととする。まず,反射効が問題となる場面としては,とりあえず2つ想定すべきである。それは,51年判例のケースのように,請求異議事由となるかどうかということと,債権者が主債務者に対して敗訴したのに保証人に請求した場合である。まず,前者は論理的には先行して保証人に対する敗訴判決が先行していなければならないので,むしろ,既判力の観点から異議事由にならないことはあまり問題ないと思われる。学説が一般的に論じているのは後者の場合である。この点,反射効を認めたり,既判力を拡張したりという見解があるが,近時の判例の流れからすれば,信義則上主張制限がなされるという一場面と考えれば足りるのではないかと思われる。結局,争点効も信義則とされたように,反射効も信義則で主張制限をすれば足りる事案といえよう。

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