弁護士コラム

刑事事件

アメリカの刑事裁判の弁護人の倫理をめぐって

1 ある弁護士のブログをみてみて少し思うところがあったので意見を綴っておきたい。彼は、アメリカ法曹倫理をみて、刑事事件は、全部死刑事件を受任するように、というような内容をみて、少し行き過ぎだな、と思い、思い切って執筆してみることにした。

弁護士は、ある程度経験があると、事案はともかく被告人の取扱いが難しいなどの案件が配点される。しかし、国選弁護は、現在のシステムでは事件は選ぶことはできないから、どういう事件が来るかは分からない。

2 ある弁護士がアメリカの任意の法曹団体の倫理規定を持ち出して、死刑事件を受任する場合は業務量を制限しないといけないという規定について解説して、そこから一般的業務量につなげることをしていた。

3 しかし、昔、倒産弁護士は、企業が倒産するまで、スケジュールを白紙にして待っていた。そういう時代もあったのだ。そして何も仕事がこない月もあるというわけである。

また、国選事件は、若手に多く配点されている。つまり、経験的なものは余り重視されておらず、「一応」弁護人がついていれば良いというわけである。

4 ところで、私が、刑事事件に想うことは二つの理論的視座からである。

一つ目は木谷明氏が著書にあらわされたように冤罪予防の観点、二つ目は民事裁判のような利益考量的視点ではないか、と思われる。裁判員裁判のような重大事件ばかりやっていると一つ目の視点が重要になってくるし裁判員はエモーショナルで利益考量も考えないので、冤罪も発生しやすい。もし犯人性に争いがあり、無罪となる法的構成(例えば、正当防衛)があればそれは、死刑事件を受任するのと同じく無垢の不処罰という点から、その指摘には正当性があるように思われる。しかし、99.9というテレビドラマがあるように、現実的には、日常の刑事事件は裁判員裁判のような重大案件ではなく、「前科」はついてしまうが利益考量的視点で弁護をしている弁護士も増えたように思われる。古い弁護士が現代の刑法や刑訴法の教科書を読んで、「民法の教科書を読んでいるよう」というわけである。

5 裁判官の中で、最近思うのは、名裁きというのは、ある意味では、喧嘩両成敗で、両方に花を持たせるような解決なのだろうと思う。それは刑事裁判では難しいが性質上、できるものもあるはずだ。日本の刑事裁判が批判されてきたのは、結局、検察官の論告が正しく、盗人にも三分の理というが、そうでもなかったからではないか、と思う。

6 しかし、非裁判員対象事件では、1億総前科時代においてプライバシー保護が高まり、むしろ、白黒の勝負をするというよりも、利益考量的に比較優位を目指す流れが強まっている印象である。私は、個人的に、ここまで簡単に前科がつくことを認める立法政策になっていることを、普通の市民の人に知っていますか、と問いたい気持ちになるときがある。それは、特に、公務員などの場合、職も失い、再犯や更生の可能性から望ましくないこともある。

7 他方、裁判員裁判は、多少、裁判官が利益考量的視点を入れたくても、合議では、エモーショナルな議論になりがちで、白か黒か、みたいな話しになってしまい、鋭利化した裁判をみるということなのであろう。

8 このようにみてくると、窃盗や覚せい剤といった事件では、量刑における考慮が優位を占めるようになっており、そこは利益考量が中心となると考えられるわけである。しかしながら、このような非裁判員対象事件等(もちろん強盗などは除くだろう。)では、弁護人もケースを民法のようにみているケースもあるだろう。だからこそ、窃盗や覚せい剤で、証拠もしっかりしているという案件で、公判請求されている場合、示談などやれることはやって、およそ量刑傾向から外れる希望を述べる被告人、それは結局突き詰めると、反省していないことが多いのだが、反省していない被告人のために全力を尽くすのも弁護人の仕事である。それは、ある弁護人が指摘するように、業務量が多いから手が廻っていないからではないと思われる。心意気や自己犠牲の精神も大事である。

9 死刑事件の弁護人を私選で受任する場合とは、全くケースが異なるといわざるを得ないだろう。最近、一部無罪を主張する最終弁論をしたところ、証拠関係の問題点を的確に指摘しているものであったことから、検察官が結審をしているのに弁論の再開を申し出た。裁判官は提出された証拠からのみ判断すべきで、こういう証拠が足りないとか、ああいう主張を追加しろと、こと刑事裁判ではいうべきではないように思われる。

10 結局、それは、不公平と思われてしまうのだろうが、なかなか名裁きよりも、何が何でも検察官論告に合わせて、8掛けにしたいという裁判所の執念にはあきれてしまう。木谷氏の著書には、検事正が異動になるので、異動になる前の無罪判決は避けたいので、判決言渡しを異動後にしてくれ,といわれたという趣旨の記載があった。白も黒にしたがる検察官の心理というのは、悪を憎み正義を追求することとは、全く違う「組織の論理」だろう。

11 被害者側の過失というのもあり、不法行為では過失相殺は普通だが、そういう利益考量的指針がしっかりしていない。立法政策は、一部執行猶予の導入など、ますます利益考量的側面を強めているのに、肝心の裁判所が追い付いていないのではないかと思ってしまう。

laquo;

関連コラム