弁護士コラム

刑事訴訟法

朝日報道ー名古屋地検、否認の交通事犯の求刑を重たくする違和感

1月8日付の朝日新聞は、「検察の求刑、重さに地域差」という見出しを掲げ、名古屋は飲酒、無免許、速度超過で捜査段階での否認をしている場合、求刑を重たくするという内容の記事を掲載した。たしかに、名古屋は、交通死亡事故は日本で一番多いが、交通死者は史上最低を記録した中での「警察国家化」に違和感を禁じ得ない。

 

朝日新聞によれば、「刑事裁判の終盤に刑の重さについて意見を述べる検察官の求刑で、地域の特性に応じて他の地域よりも重くする事例があることが検察関係者への取材でわかった。名古屋地検は2016年6月以降、飲酒や無免許などで車を運転し、捜査段階で否認した被告への求刑を重くした。東京や大阪地検でも重くした例があり、最高検も求刑の地域差を許容しているが、判決に与える影響を懸念する声もある。」と報道している。

 

ここで注目されるのは、社会面では具体的事例にも踏み込んでいる点だ。一つは、速度超過だがなかなか検察の出頭要請に応じなかった大学生。もう一つが酒気帯びの男性の事例だ。詳しいことはわからないが、52キロの速度違反なのだが、大学生ということもあり、成人前科はないだろうし、交通違反を繰り返した事案でもなかったという。また、酒器帯び運転の方は、証拠採取手続きの違法を争った事案のようであると記事からうかがえる。

そもそも、事実上、日本では、刑罰に地域差があるし田舎にいけばいくほど、判例集に搭載されるわけでもないし、寛容な判決が出ているという印象がある。これに対して、名古屋地検の管轄だけ求刑を重たくするというのは、問題があるように思われる。

 

一つは、朝日新聞の取材に対して「捜査段階で否認」をすれば、「公判で認めても」重たくするということだ。捜査段階では、交通事犯の場合、迅速に弁護人が就かない場合もあり、ディバージョンも多いことから適切な攻撃防御ができない可能性がある。そして、朝日新聞の記事のとおりであれば、弁護人が就いていようといなかろうが、捜査段階での否認にはリスクを伴うこともある。まさに、被告人にとっては、虚偽供述をして刑を軽くするという動機も働き虚偽供述を誘発しかねず裁判所の事実認定を誤らせる冤罪の恐れを助長するものだ。

 

東京のベテラン裁判官は、裁判官は全国均一というが、朝日新聞の問題提起は、「影響を受けている」可能性を具体的に指摘するものであった。たしかに、前科なし、速度超過という場合、ディバージョンもなしに公判請求をするというのは異例だ。捜査に対する協力をしなかったというが、被告人には捜査に協力する義務はなく、証明責任は検察官が負う。疑わしきは被告人の利益にというのが、刑事裁判の鉄則のはずである。

 

ところが、捜査に協力しなかったから、あるいは、協力はしたけれども、手間をとらせたから重く処罰されるというのは、責任主義にも反している。否認といっても、明晰にいえば、検察特捜部事件のように、「仮説」を裏付けていくという捜査も往々にしてあるわけであり、その自白がとれないから求刑を重たくするというのでは、こどものケンカと同じだ。問題はこうした考え方は、他の事件にも十分波及する理論的基礎があるということだ。

 

刑罰というのは、構成要件に該当する事実でそれに対応する形で、量定されるものだ。捜査の段階で、黙秘権を行使したら不利益に扱われること間違いなし、とも思われるこの運用は自己負罪特権を定め、黙秘権を定めた憲法、刑訴法の規定に違反する運用違憲といわざるを得ない。

 

名古屋の場合、高裁は覆審制に傾きつつあり、以前、原田國男元判事がやった手法である、きざみ判決、すなわち、量刑不当や現時点では減刑すべきといったことが行われなくなり、事実の誤認でもない限り量定に影響させるということは難しいようにも思われる。そうすると、一審の裁判官が検事の求刑のはちがけ判決を出した場合、適正な量定を得られる機会も失われることになってしまう。

 

たしかに、刑罰には、一般予防といって、社会防衛の側面もあるが、それが一般的に妥当するのは、殺人などの粗暴犯が中心のはずだ。主観的に、検察庁の各地検が、「この犯罪が多い」から「重くする」ということを繰り返せば厳罰化の流れや自白強要の流れが出来上がり、しまいには、窃盗、条例違反なども、なんでもかんでも「主観的」には、「この犯罪が多い」ということになってしまうだろう。

 

特に問題なのは、裁判官の刑罰にすら論告で口を挟めるほどの強大な国家権力が、被告というアトミズムの原子にそこまでやると、実質的防御は何も意味をなさなくなってしまう、ということだ。そして、朝日新聞の取材で検察のインテンションに沿う裁判結果になっていることまで検証され、裁判所もまた、ノンポリシーといわれてしまいかねない。

 

公務員の法曹が頻繁に異動するのは、全国で平等な裁判を行うためといわれている。ところが、こうした意向を組織で決めてしまうと、検察官独立の原則にもそぐわない。また、端的に北海道も交通事故が多いのに、なぜなのか、という、同種事案との平等性にも問題が生じかねない。

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