弁護士コラム

刑事訴訟法

証拠法総論

第19編 証拠法総論

第1 証拠裁判主義

1 意義

(1) 定義

証拠裁判主義とは,事実は証拠によって認定されなくてはならないという原則をいう(317条)

(2) 歴史的意義(1873年改定律令)

「凡そ[およそ],罪を断ずるは口供結案[=自白]に拠る」

⇒ 事実を認定するには自白によらなければならないという原則を否定

(3) 実定法的意義

単に証拠があればよいというわけではなく,事実を認定する証拠は,①証拠能力がなければならない,②適式な証拠調べを経ていなければならない(=厳格な証明)

 

2 「厳格な証明」と「自由な証明」

(1) 厳格な証明

ア 定義

厳格な証明とは,証拠能力のある証拠を用いて,適法な証拠調べの方式(317条以下)によってなされる証明をいう

イ 厳格な証明が求められる事実

⇒ 刑罰権の存否及び範囲を定める事実

① 構成要件該当事実

② 違法性・有責性を基礎付ける事実

③ 法律上の刑の加重減免事由

④ 罪数判断に関する事実

⑤ 没収・追徴の要件

(2) 自由な証明

ア 定義

自由な証明とは,適宜な証拠を用いて,適宜な証拠調べの方法によってなされる証明をいう

イ 自由な証明で足りるとされる事実

⇒ 上記以外の事実(訴訟法的事実は,判決の基礎となる事実にかかわらないので,自由な証明で足りるといのが通説・判例

* 事柄に応じた段階的規制の必要性

* 法320条以下の適用はない

* 被害者からの重罰を求める嘆願書をどのように扱うか

名古屋地裁では全く受け付いていない。偽造も入っているし事件のことも知らない。

* 被害者の減刑を求める嘆願書は,「厳格な証明」が必要という。検察側が争うことが多いからであるという

3 証明の必要

⇒ 証明の対象とされる事実でも例外的に証明がいらない場合がある

(1) 公知の事実

公知の事実とは,通常人であれば誰でも知っており,わざわざ証明をする必要がない事実をいう

(2) 裁判所に顕著な事実

裁判所に顕著な事実については,証明が不要であるかについては争いがある

が,裁判所が職務上知った事実のうち,両当事者も知っているものについては,証明の必要はない

⇒ 当該事件の当事者が知りえないような場合,証明を不要とするのは不合理であり,争点に関連するような場合には,その点を当事者に説明し,反証の機会を与えるべき(池田330)

* 寺崎308は,証明は裁判所に対してなされるものであると同時に,当事者ひいては国民一般をも納得させるべきものであるから,裁判所に顕著な事実であっても証明が必要であり,これが通説であるとしている(反対,平野185)

 

第2 自由心証主義

1 意義

(1) 定義

自由心証主義とは,具体的にどのような証拠が証明力をもつか,またどの程度の証明力があるかについては,裁判官の自由な判断に委ねられているとする建前をいう(318条)

(2) 法定証拠主義

法定証拠主義とは,証拠の証明力を裁判官の自由な心証に委ねることをせず,一定の証拠がなければ有罪とされないとか,一定の証拠があれば一定の事実を認定しなければならないとする立法政策のことをいう

⇒ 自白が重視され拷問!!

* 自由心証主義には,「自白偏重の否定」という意味もある

(3) 近代の刑事訴訟法

⇒ 法定証拠主義が否定!!

① 証拠の種類の限定の排除⇒証拠裁判主義の採用

② 証拠の証明力の評価は裁判官に委ねる⇒自由心証主義の採用

 

2 限界

(1) 内在的制約

自由心証主義といっても,裁判官の恣意的な判断を許すものではなく,その判断は論理則や経験則に基づく合理的なものである必要

* 合理性担保の手段

① 判決理由の要求

② 上訴(上級審による下級審の事実認定の審査)

(2) 唯一の例外

自白の補強法則

⇒ 自白のみは,どれほど信用できる自白であったとしても,自白のみを唯一の証拠として有罪にすることは許されず,必ず他の証拠を必要とする(憲法38条3項,法319条2項)

∵ 自白偏重の否定

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 証明の程度―「合理的疑いを超える証明」

1 「合理的疑いを超える証明」の定義

合理的疑いを超える証明とは,通常人である限り,疑問を投じようとしないだけの高度の蓋然性(確実性に接着する蓋然性)をいう

∵① 過去1回限りの事件を限られた証拠によって判断するので絶対的確実性の要求は不可能

② 重大な人権に関わる問題であるので高度の心証が必要である

 

* 最決平成19年10月16日刑集61巻7号677頁

「刑事裁判における有罪の認定に当たっては,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要である。ここに合理的な疑いを差し挟む余地がないというのは,反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく,抽象的な可能性として反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても,健全な社会常識に照らして,その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には,有罪認定を可能とする趣旨である。そして,このことは,直接証拠によって事実認定をすべき場合と,情況証拠によって事実認定をすべき場合とで,何ら異なるところはないというべきである」

⇒ 有罪認定にあたっては,犯人か否かが問われているのではなく,被告人が犯人であることについて,「合理的な疑いがあるのか,抽象的な疑いはあるが合理的な疑いとまではいえないのか」が問われている

* 「証拠の優越」

証拠の優越は,概ね「自由な証明」の心証の程度に相当する(池田325)

⇒ ある事実の存在を肯定する証拠の証明力が,否定する証拠の証明力を上回る場合をいう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4 挙証責任

1 意義

(1) 実質的(客観的)挙証責任

ア 定義

実質的挙証責任とは,個々の要証事実について,証拠調べが終了したにもかかわらず裁判所が確信を得るに至らなかった場合に不利益を受ける当事者の地位をいう

イ 挙証責任の所在

検察官負担の原則(「疑わしきは被告人の利益に」の原則)

* 利益原則の射程距離

構成要件該当事実だけではなく,違法性・有責性を基礎付ける事実,処罰条件,刑の加重減免事由,量刑に関する事実

 

(2) 形式的(主観的)挙証責任

ア 定義

形式的挙証責任とは,不利益な判断を受ける側の当事者がこれを免れるために行う立証行為の負担をいう

イ 2通りの使い方

① 実質的挙証責任の反映として,当事者が負う立証行為の負担(民訴法でいう「主観的証明責任」のこと)⇒ 不変

② 訴訟の個別の局面において,不利益を受ける側の当事者が行うべき立証行為の負担(民訴法でいう「立証の必要」のこと)⇒ 当事者間を移動

 

2 挙証責任の転換

(1) 違法阻却事由・責任阻却事由

ア 問題の所在

検察官に常に積極的な立証を求めることは不合理である一方で,挙証責任を転換したと解すると利益原則との関係で抵触を生じかねない

イ 考え方

被告人の争点形成責任がある(被告人は,意見を陳述すれば足りるということになるから,実質的挙証責任が被告人にあるとはいえず,せいぜい,(民訴の立証の必要に対応する概念としての)形式的挙証責任があるにとどまる

(2) 法律上の反証を許す推定

公害法5条,麻薬特例法14条

(3) 実定法上の転換規定

刑法207条,230条の2,児童福祉法60条3項,各種両罰規定など

⇒ 被告人に実質的挙証責任があり,明文規定で例外的に挙証責任を転換!

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